第196話 イバラの覚悟

「はぁ……はぁ……」


 気づけば息が上がっている。

 頑丈とは言え地面となっているのは雲だ。

 ふわっふわの柔らかい感触は心地いいのだが、かなり歩きにくい。

 そのせいか余計に体力を消耗している。

 その上空気も薄いようだ。呼吸するのに必要な空気が少ない気がする。

 未だに魔獣やゴーレムの姿はないが、歩き回るだけで過酷な環境に嫌気が差す。


「どれくらい、歩いたかな……。本当に、何もないじゃない……っ」


 膝に手を付き立ち止まる。

 歩くことがこんなにも辛いだなんて思ってもみなかった。

 体感で二時間くらいは歩いているはずだ。

 こんなことならもっと体を鍛えておくべきだったと後悔した。

 息が苦しい。足が重い。体がそう悲鳴を上げ私の心を揺さぶる。

 もう立ち止まってもいいじゃないか。密林に戻ろう。そこなら私の大切な仲間がいる。一人で頑張らなくてもいいよね。

 頭の中で悪魔が囁く。


「……ははは。結局、何も変わってないじゃない。レンさんに助けてもらった頃の私から何も……」


 逃げて逃げて逃げて、諦めかけたところで助けてくれたレンさん。

 それからあの人の側でずっと一緒に……。

 私は、あの人に甘えてばかり。

 彼を支えると誓ったはずなのに、一人になると逃げだそうとするほど弱い。

 こんな弱い私が、レンさんを支えられるはずないじゃないっ!!


「私は……もう……――逃げない!」


 アイトさんが作成してくれた魔道具のポーチから、ずっと愛用している長杖を取り出す。

 クレアさんが私のために作ってくれた私だけの杖。

 クレアさん、元気かな……。

 そんなことが頭をよぎり、私は笑みをこぼす。

 思っていたよりもまだ余裕があるみたいだ。


「はぁ――……っ!!」


 私は杖を起点に魔力を広げる。

 何かが私の魔力制御を邪魔しているようで、上手く魔力が放出されない。

 この死界に入ってから一度も魔法を使っていないから、ようやく実感した。

 こんな状態で二人は魔法を使っていたのか。

 二人の心の強さに驚愕してしまうほど、この邪魔されている感覚がとても不快だった。

 それでも、私はもう逃げないと決めたのだ。

 迷いを振り払い、自分の中にある魔力を全て使い切る覚悟を決め、私は全身全霊で魔力を放出した。

 大精霊ミユが私に与えてくれた力を感じる。

 これまでレンさんの後ろに隠れていたから気が付かなかった。

 私の中にこんなにも強大な魔力を与えていたなんて。

 その上大精霊ミユの贈り物はとてもじゃじゃ馬だった。

 今の私ではまったく制御できる気がしない。

 落ち着いたら、また一から魔力制御の練習をしなければいけないな。


「それでも今は……私自身の手で乗り越えなきゃ!」


 制御できない膨大な魔力は、荒々しい暴風となって雲上に吹き荒れる。

 思いもよらない突風に、自分の体が吹き飛ばされそうになり杖を支えに耐えた。

 暴風は周囲にあった雲を吹き飛ばし、竜巻のように巻き上げていく。

 すると、竜巻の中にきらりと光る何かを見つけた。

 薄っすらとだが魔力のようなものも感じ取ることができた。


「――見つけた!」


 竜巻を消そうと魔力を抑えるのだが、制御できない魔力は言うことを聞かない。

 私の中から魔力がとめどなく溢れだし枯渇寸前だった。

 このままでは私の体が持たない。

 唇を噛みしめ、私は力を込めて叫んだ。


「……いい加減、大人しくしなさい――っ!!」


 杖を振り払い魔力を断ち切る。

 そして、ようやく竜巻が収まり、私の目の前には巨大な積乱雲が出来上がっていた。

 まるで島全体の雲がそこに集められたかのようだ。

 その中から、私は微弱な魔力を感じ取り手を突っこみ、レンさんとアイトさんが持っていたものと同じような小さな水晶を取り出した。

 目的を達成し安心した私は、全身から力が抜けその場に座り込んでしまう。


「もう、ダメ……立てない……」


 そう呟いた私の頭上に、積乱雲の頂上から崩れ落ちてきた雲が降ってくる。

 その表面には私が通った魔法陣が貼り付けられていた。

 魔法陣付きの雲は私の頭上に落下し、魔法陣はそのまま私を吸い込んだ。

 これで戻れるはず。


「レンさん、私……もっと強くなりますからね……――」







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