第195話 雲上の世界

「……ありましたね」

「……あったな」

「……本当にあるじゃん」


 大樹に設置された魔法陣を眺め、三人は拍子抜けしたように呟いた。

 森の中心に聳える巨大な樹。前回訪れた時は、森の鬱陶しさに嫌気が差し細かく探索しなかったため、見落としていたようだ。

 鮮やかな緑色の光を放つ魔法陣は、周囲の景色も相まって幻想的な様相を呈していた。


「この魔法陣って、一人ずつしか入れないんですかね」

「魔法陣に使われている文字は相変わらず古代文字だから、どんな効果があるのか全く分からない。ただの推測で違う島に飛ばされていると思っているが、何があってもいいように、心構えだけはしておくべきだな」


 魔法陣を観察しながら、アイトは見解を述べる。

 火山や海では、この特殊な魔法陣を見ることはできなかった。

 こうしてじっくりと観察する機会に恵まれなかったせいか、穴が開くほど魔法陣を凝視している。


「まあ何にせよ、この先に何かあるのは間違いないんだ。行かないっていう選択肢はないな」

「それは、そうですけど……」


 イバラが不安そうに表情を曇らせる。


「魔法が使えないんじゃ、イバラちゃん一人になったら大変じゃないか?」

「それは問題ないと思っている。こう見えて、イバラはアイトよりも強い」

「またまた、レンは冗談ばっかりだなぁ~……」

「……」

「……本当に?」

「オレ、ウソツカナイ」

「いきなり変な喋り方するなよ! 余計怪しいわ!」

「ま、まあまあ。私も魔法が使えない時のために準備はしてますけど、アイトさんよりは強くは……」

「そ、そうだよな!? 一応剣士の俺より剣が使えるなんてないよな!? そうなると俺の立つ瀬がないんだがっ!!」


 アイトは激しく動揺し、声を荒げる。

 その様子を見て煉はニヤニヤと笑っていた。

 アイトが狼狽えているのを見て楽しそうにしていたのだった。


「おふざけはここまでにして、さっさと行くか」

「そうですね。早く終わらせましょう」

「え、ちょ、せめてなんか言って……」


 三人が魔法陣に触れると、魔法陣から緑色の光が森全体に広がり視界を覆う。

 光が収まり目を開けると、またしても一人だけが魔法陣の先へと飛ばされていた。




 ◇◇◇



「……やっぱり」


 予想通りの状況に、ため息を吐く。

 あの魔法陣の先はこんな景色なんだ、と物思いに耽る余裕もない。

 何せ私は――気が付くと雲の上に立っていたのだから。


「すごい……雲って本当にふわふわだったんだぁ……」


 その場にしゃがみ、足元にある雲に触れる。

 ふわっふわで柔らかいのに弾力があり、それでいて意外と頑丈。

 触れたら溶けてしまいそうなのに、力強く引っ張っても千切れさえしない。

 これって本当に雲? 

 そんなことを考えてしまうほどの頑丈さに驚きを隠せないでいる。

 ――こんなことをしている場合ではない。


「お二人の話なら、小さな水晶を持っている個体がいるはずだって……」


 二人から聞いた情報を元に、私は周囲を見渡してみた。

 一面雲の光景に、まるで御伽噺の世界に入り込んだみたいに思ってしまう。

 しかし、それ以外に何もない。

 生物の気配も何かの魔力すら感じないのはおかしい。

 二人は見渡す限りのゴーレムで島が埋め尽くされていたって言うのに、私だけなぜ何もないのか。

 この島の全容も分からないのに、こんな雲上の世界で小さな水晶を探せって言うのだろうか。

 それはそれで面倒極まりないのだけれど!

 遺憾の意を表明したいところだ。


「はぁ……とりあえず、歩いてみましょうか……」


 肩を落とし、重い足取りで私は歩き出した――。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る