第191話 噴火

 煉が魔法陣の向こうで帰還方法に困っていた頃、火山の麓に留まった二人はテーブルとイスを設置し、優雅に紅茶を飲んでいた。

 時々起こる地震と降り注ぐ火山灰にさえ気を付けていれば、程よい気温で過ごしやすい環境だったのだ。

 紅茶を一口飲み、火山を見上げるイバラ。


「……もうすぐ二時間ですねぇ」

「レンのことだから、もっと早く帰ってくると思っていたが。意外と時間がかかってるみたいだな」

「まあレンさんですから、気長に待ちましょう」


 のんびりとした様子でそう言い、今度は焼き菓子を一口。

 ここ最近で、一番気を抜いているイバラだった。

 それとは対照的にアイトは不安そうな顔をしていた。


「……俺としては早く帰ってきてほしいんだけどな」

「何か問題でも?」

「問題、というほどでもないんだが……なんか魔道具が起動しにくいんだよな。いつも以上に魔力が必要になるし、発動するのに時間がかかるし。この結界型魔道具も本当ならこんなに魔石を追加しなくていいはずなんだけどな」


 空から降り注ぐ火山灰を防ぐため、アイト謹製の結界型魔道具を設置したのだが、特に不具合もないのになぜか起動に時間がかかり、その上随時魔石により魔力の補給をしなければならない。

 レンを待つ間に貴重な魔石を何個も消費してしまっている。

 アイトは魔道具作成に必要となる魔石の無駄遣いが気にかかっていた。


「そう言えば、なんだか魔力制御が少し乱れることがあるんですよね。日課をする時とかいつもは感じない違和感がありますね」

「やっぱりそうか……。なんか変なんだよなぁ……」


 アイトが小さく呟いた瞬間、大地が大きく揺れた。

 立っているのもままならないほどの地震で、二人は即座に周囲を警戒した。


「……今のは」

「――……ぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「なんか聞こえないか?」

「何か……って、上!?」


 誰かの叫び声が聞こえ、周囲を見渡す。

 どんどんと近づいてくる声のする方角へ耳を澄まし、イバラは上を見上げた。

 すると、空から蒼炎を足に纏った深紅の髪の男が、二人の下へ真っ逆さまに落下してくる。


 ズドンッ!


 大きな音を立て、結界に衝突した。

 結界にぶつかったことで、態勢を立て直した煉は地面に転がり込み、勢いのまま立ち上がった。


「――はっ! 戻ってきたか……って、そんな悠長にしている場合じゃない! とっとと元の場所に戻るぞ!」

「へ? 一体何を――」


 何か慌てている様子の煉に問いかけようとしたその時――火山が噴火した。

 噴き出した溶岩が雨のように降り注ぎ、麓の何もかもを破壊し尽くしていく。

 さらに山頂から溢れだした灼熱の波が、とてつもない速度で流れ地面も木々も全て呑み込んでしまった。

 突然の噴火に、イバラとアイトは顔面蒼白になり、慌てて魔法陣の下へと走り出した。


「どうしていきなり噴火なんてっ!」

「中にあった魔法陣が噴火を抑えていたんだ。俺が戻ってきたらその魔法陣が消えた。後はお察しの通りだな!」

「一回限りの設置型魔法陣かっ! これまでとは違うみたいだ……その魔法陣の目的は……――」

「今はそんなこと考えてる場合じゃない! 早く走れ!!」


 押し寄せるマグマから必死に逃げる三人。

 ふとアイトが思いついたことを煉に訊ねる。


「レンならあのマグマどうにかできるんじゃないのか!?」

「ここじゃ無理だ! なぜか魔法が上手く使えない! 俺だけならマグマに呑まれても無事かもしれないが、二人はどうにもならないだろ! とにかく今は逃げることに集中しろ!」

「――見えました! 魔法陣ですよ!」


 イバラの視線の先には、元の浮遊島へと繋がっている魔法陣があった。

 あれにさえ入り込めれば難を逃れられるのだが、いかんせん距離がある。

 魔法陣へ辿り着く前に、後ろから迫るマグマが三人を呑み込む方が早いだろう。


「――仕方ないっ! 〈蒼炎疾走フラム・アクセル〉!!」


 またしても足に蒼炎を纏い、煉は駆け出した。

 制御の利かない蒼炎は、暴走したジェットのように荒れ狂い、煉の体は勢いよく前方に吹き飛んでいった。

 辛うじて二人を掴み、そのまま魔法陣へと一直線に向かっていく。


「ちょ、ちょぉぉぉぉぉぉぉ――――!!!」

「まっ、いやぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!」

「口閉じてろっ! 舌噛むぞ!」


 勢いそのままに、三人は魔法陣へと吸い込まれていった。

 三人の姿が消えたその直後、設置された魔法陣は灼熱の波に呑み込まれてしまったのだった。








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