第184話 熾天使の秘密
「それで? 話とは何かしら?」
ミカエルへとお茶を差し出したガブリエルは、嫌そうな表情を隠すことなく切り出した。
ミカエルは差し出されたお茶を一口飲み、ホッと一息吐いてから訊ねる。
「……あなたは、我々天使の存在意義とは何だと思いますか?」
「あら。意外ね。あなたがそんなことを気にするなんて。主の命は絶対、主のためにその身を捧げる、というのがあなたの誇りでしょ?」
「……その通りです。主の御言葉は我々にとって絶対のもの。疑問を抱くはずもなく、ただ命じられるがままに遂行することが主の望みであり、そして私の喜びでもありました。……これまでは」
「ふーん。何か心境の変化があったみたいね。そんなことで悩むだなんて、まるで人間みたいじゃない」
ガブリエルの言葉にハッとする。
何かのきっかけで心を揺り動かし、頭を悩ませている自分の姿は、まさに人間のよう。
そのことに気が付いたミカエルは激しく動揺した。
狼狽したミカエルの様子を見て、ガブリエルは楽しそうに笑みを浮かべお茶を飲んでいた。
「私が、人間のように……いえ、そのようなこと、ありえません……私は熾天使の一柱。主の従順な使いなのですから……」
「そんなに否定しなくてもいいじゃない。私たちの根本は人間なのだから」
「……――は?」
ガブリエルが何を言っているのか理解できず、口をポカーンと開いたまま硬直。
ミカエルのその様子が面白可笑しく、ガブリエルは声を上げて笑った。
「あははっ。その顔、より人間味が増したわね。いつも仏頂面でクール気取ってるあなたのそんな顔が見られるだなんて、今日は良い日だわ」
「……馬鹿にしているのですか?」
「全然。嬉しいのよ、私は。こんなこと言っても、他の天使たちは信じてくれなかったもの。あなたも信じられないと思っているようだけれど、心のどこかに否定しきれない自分がいる。そうでしょ?」
「……」
ガブリエルの言う通り、その言葉を完全に否定することがミカエルにはできなかった。
彼女の話が、これまで溜まりに溜まった疑念を解消してくれるのではないかと、思っている自分が居るのだ。
馬鹿馬鹿しい話だと、一笑に付すこともできない。
無意識に前のめりになった姿勢は、話の続きを催促しているようだった。
「ミカエルは、自分が生まれた時から天使だったと思っている?」
「天使とは、主に見初められ選ばれた一握りの存在です。天使として生まれる以前より、私たちは天使としての素質を持っていました」
「そんな馬鹿みたいな話を素直に信じているのが、あなた含め他の熾天使大天使たちよ。確かに、実際神が創造した天使は存在するわ。皆さんご存じ、神造天使。ただ、あれは魔法としての概念で言えば、ホムンクルスのような物よ。人口的に作り上げられた生命体だから、熾天使ほどの力を持ちえない」
「魔法技術的に、熾天使ほどの力を持つ天使を生み出すのは主の力をもってしても不可能だと、そう言いたいのですか?」
「神と言えど全能ではない。いいえ、神が全能であるのなら熾天使を一から創造するなんて容易いこと。今頃、天上世界は熾天使で溢れ返り、魔人や魔王なんて気に掛ける必要もない。しかし、そうなっていないということは……」
そこで一呼吸置いたガブリエルは、これまで誰にも見せてこなかった真剣な表情を浮かべ告げた。
「――私たちが崇める主とやらは全能ではない」
これまでの常識が覆るような話を耳にしたミカエルは、頭の整理をするのに必死だった。
そんなミカエルの様子を気にすることなく、ガブリエルは話を続ける。
「さて、ここでさっきの続きよ。
大天使以上の力を持つ天使を造るため、どうすればいいか。簡単よ。元からできている器に力を注げばいい。それが私たち――選ばれた十二柱の熾天使たち。
ずば抜けた能力を有する神の力の器足りうる人間を熾天使へと昇華させたってわけ。だから、私たちの根本は人間なのよ。
天使という存在に疑問を抱いているあなたなら理解できるでしょ? 自分の知らない記憶、頭の中で繰り返される誰かの声、聞いたこともない人間の名前。
だというのに、その言葉は、記憶は、名前は、どれも私の心を温かくしてくれる。
……ねえ、ミカエル。あなたの心に刻みこまれた声も名前も思い出も、決して失くしてはダメよ。それはいつか……あなたを救う鍵なのだから――」
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