第183話 謎多き庭園
――そこは、まさしく庭園であった。
至るところに、石柱によって支えられた歩道、色とりどりの花、どこからか流れている川の水。
その中心に佇む石造りの宮殿が景観の荘厳さを引き立たせる。
構造も仕組みも何もかも分からないのだが、不思議とため息を吐いてしまうほどの美しさを感じさせた。
庭園に足を踏み入れた三人は、言葉もなくただ立ち尽くしている。
彼らの瞳には驚愕の二文字が浮かびあがっていた。
何せ、今目にしている庭園では普通に人が生活していたのだから。
彼らの来ている服は、古代ギリシアで使用されていたような一枚布を巻いたもの。
田畑はなく、ましてや獣がいる様子もない。ところどころに果実の生る樹があるのみ。
明らかに、これまで見た生活様式とは別物であることがわかる。
それ以前に空中庭園に人が住んでいるという話は、ただの噂でしかなかった。
では、この光景は一体何か。謎は深まるばかりである。
そうして頭を悩ませていると、煉たちの近くを通りかかった男が物珍しそうな目を三人に向けた。
じっくりと観察されることに少々居心地の悪さを感じていると、男は納得したように手を打ち、話しかけてきた。
「君たちは、異国の方かな? 見たことのない格好をしているけれど、旅人か何かだろうか。それにしても、庭園にお客さんが来るなんて珍しいこともあるものだ。歓迎するよ!」
男の声を起点に、続々と人が集まってきた。
誰もが皆、三人の来訪を歓迎しているようだ。
「この庭園は、女帝様がお造りになられたんだ。壮観だろう? 僕たちはこの庭園の管理を任されているんだ。とても誇らしいよ。君たちも、遠慮せず好きに見て回ると良い。何時間何日ここにいたって飽きることなんてないからね。もし、案内が必要ならいつでも言ってくれ」
「……あ、ああ……よろしく……」
そう言って男は手を差し出し握手を求めた。
早口でまくし立てられ少し圧倒された煉は、苦笑しつつ握手に応じる。
三人を囲んでいた人たちも、同じようなことを告げると早々に立ち去り元の位置へと戻って行った。
まるで、そうあるべきと定められているかのように。
統率のとれた動きに感心しているアイトは、ふと煉が握手をした手を怪訝な眼差しで眺めていることに気が付いた。
「どうした? そんなに手なんか見つめて」
「レンさん……?」
「……感触はあった。でも……温度も筋肉も力も、何も感じなかった。俺は、一体何と握手をしたんだ?」
そう言って呆然と庭園の人たちを眺める煉。
ジジジ、というノイズと一瞬だけ起きた不鮮明な映像のモヤのようなモノに気づきはしなかった――。
◇◇◇
蒼い髪の天使が降り立ったのは、天上世界で最も低く最も下界に近いとされる場所。
その場所に建てられた小さな平屋へ、ノックもなしに侵入する。
すると、突然頭上から極小の針の雨が降り注ぐ。
それを広げた翼で払いのけ、何事もなかったかのように奥へ奥へと歩を進めていく。
真っ白な障子を開くと、綺麗な姿勢で正座をした天使の姿。
艶やかに輝く灰銀の長髪は綺麗に整えられ、優雅にお茶を嗜む姿は貴族の令嬢も舌を巻くほど。
その天使は、鈴を転がすような声で侵入してきた天使へと視線も向けずに告げる。
「許可もなく人の家に上がり込むだなんて、不法侵入という言葉をご存じ? いくら同僚だからって礼儀というものは大事じゃないかしら。ねえ――ミカエル?」
「少々聞きたいことがあり伺いました。不躾なのは重々承知しています。どうか、貴方の言葉をお聞かせください。お暇なのは間違いないでしょう――ガブリエル」
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