庭園墜想編
第182話 まだ見ぬ世界へ
空高く日が昇り、明るく街を照らす真昼の刻。
フードのついた黒いコートの裾を翻し、腰に刀を佩いた紅髪の少年の姿。
普段であれば、彼に憧れる若い冒険者や彼を英雄と崇める街人たちに囲まれるのだが、今の彼に近づく者はいない。
高ランク冒険者らしい覇気を纏い、獲物を狙う獣のように目を爛々とさせている。
彼の側で立っている二人の仲間も、各々神経を研ぎ澄ませているようだ。
小さな角が特徴的な黒青髪の鬼の少女は、長杖を持ち瞑想している。
反対に、輝く金の髪をした青年は一心不乱に魔道具を眺めている。
時々笑みをこぼす様子に、街の女性たちは残念そうに目を逸らした。
そんな三人の下へ、一人のエルフが近づいてきた。
「ただならぬ雰囲気を感じますが、このような場所で何を……そう言えば、今日でしたね」
エルフの男――グラムは、三人に対して気さくに話しかける。
そこは街の中央広場。市場として活気あふれる場所で、中心には大きな噴水が備えられている。
その噴水の前に三人――煉たちは並々ならぬ雰囲気を纏い佇んでいた。
「これから死界に向かうと聞いていましたが、行かないのですか?」
「行くさ。だから、ここでこうして待ってんだよ」
「?」
煉の言葉に疑問を抱いたグラムが、言葉の真意を問いかけようと口を開いた瞬間、突然太陽が姿を隠し巨大な影が街を覆った。
街人たちは空を見上げざわつき始める。
空に浮かぶ巨大な島、「
空を見上げるグラムが、感嘆の声を漏らす。
「これは……かの庭園が街の上空を漂うなんて。数百年に一度見られるかどうかの奇跡に近いですよ。今日は良い日になりそうですね」
「……ようやく来たか」
周囲と同じように空を見上げる煉は、待ち望んでいた時が到来したことに笑みを浮かべる。
既に準備は整っていると言わんばかりに、側にいる二人の目に覚悟が見える。
煉は懐から徐に赤い水晶玉を取り出した。
水晶玉は、一直線に上空に浮かぶ島に向かって光を放つ。
すると、突然鐘の音がイザナミの街に響き渡った。
「これは一体……? もしや、君たちが待っていたのは……」
「俺たちの目的は、あの空中庭園さ。未だ誰も到達できなかった地へ、新たな冒険の始まりだ」
「そうですか。最近、貴方のような若さがあればと思うことが増えました。冒険者が冒険に夢を見ないわけにはいきません。私はこの地であなた方の旅を応援しましょう」
そう言うグラムは羨望の眼差しを煉へと向けた。
彼もまた冒険者である。
誰も足を踏み入れたことのない空中庭園へと夢を馳せたことはある。
誰もが夢を見る冒険へ、今目の前で三人は旅立つ。
そこに憧れを持たない冒険者はいない。
たまたま近くで見ていた冒険者たちも、煉たちへグラムと同様の眼差しを向けていた。
彼らの憧憬を一身に浴びた煉とイバラは、年相応の満面の笑みを浮かべた。
「――行ってくる」
煉の言葉と同時に、水晶玉の光が三人を包み込む。
三人の姿は、光と共に空へと浮かび上がり、吸い込まれるように空中庭園の中へと消えた。
その光景はイザナミの街全土に広がり、街はお祭り騒ぎの大歓声に包まれたのだった。
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