記録 「破魔の空中庭園」
これは、とある国のお姫様のお話。
そのお姫様は、王族としての責務、一国の姫としての役割を全うすることなく、ただ自分の求めるがままに魔法の研究に明け暮れていた。
幼い頃から、宮廷魔導士の修練を見学し彼らと共に魔法の発展に尽力した。
そんな彼女を国王や王妃らは咎めることなく、むしろ彼女のために珍しい魔法書を集めるほどの親バカっぷり。
二人いる兄王子も彼女のことを溺愛し、彼女の魔法に関する願いを何でも聞いていた。
宮廷で働く貴族らはそんな王族を諫めることはなかった。
――……表向きは。
貴族らの認識では、魔法は男のみが扱う力である。
その力を女性である姫が使用し研究するなど言語道断である、そう思っていた。
貴族らの矛先は姫へと向いた。
彼らは、姫の側でわざと姫に対する陰口を話し、とある噂を流していた。
それは――姫が魔法を悪用し、国を混乱に陥れようというもの。
そんな噂を信じる者は少なく、貴族らの企みは失敗に終わったと思えた。
しかし、純粋無垢に育った姫は貴族らの言葉、噂を額面通りに捉えてしまった。
それから、ある時期を境に姫は部屋に籠るようになってしまった。
両親や兄王子らさえ部屋に入れてもらえず、特定の侍女のみが姫の世話のため関わることができた。
外界と隔絶した姫の心配をする両親は、姫が引き籠る原因となった噂を流した貴族らを罰し、いつでも姫が外に出てきても問題がないよう居場所を作って待つことにした。
姫の状況を把握できるのは、侍女のみ。
だが、その侍女さえ姫のことを話さない。
姫を心配する王らが侍女に話を聞こうにも一向に口を割らない。
その侍女は、姫は変わらず元気である、とだけ伝えていた。
それから数年の後、突如蔓延した疫病により、国王と兄王子の一人が亡くなった。
絶えず人を死に至らしめる疫病と闘いながらも、残された王妃と王子は国を守り続けた。
そして無理が祟り、過労によって王子は倒れてしまう。
絶望に囚われた王妃の下へと姿を現したのは、幼い頃の面影を残し美しく成長した姫だった。
王妃は成長した姫の姿を見て涙を流し、断られることを覚悟しつつも、姫に国を立て直すための協力を申し出た。
姫は何の感情も示さず、ただ一言。
「あとはお任せください」
王妃にそう告げ、玉座へと腰を下ろした。
なぜ玉座へと座るのか、姫の行動を理解できず怪訝な表情を浮かべる王妃の前で、姫はとある魔法を使用した。
国全体を覆うほどの巨大な魔法陣が空に浮かび上がり、鮮やかな紫色の光が降り注ぐ。
魔法陣の下にいた疫病により苦しむ人々は、突如として消え去った。
――――疫病患者に訪れたのは、安らかなる死だった。
次々と上がってくる国民の死亡報告に、王妃は頭を抱えた。
その原因が、姫の魔法によるものだったからだ。
空を覆う魔法陣はどれほどの時間が経っても消えることなく、救済の光を注ぎ続ける。
そうして時間が経つにつれ、疫病患者のみならず、何の症状もない人々が眠るように亡くなってしまう。
国はさらに混乱した。
消えることのない魔法陣、減り続ける人口、唐突に訪れる安らかなる死。
誰もが恐怖し、そして恐怖は徐々に怒りへと変貌する。
その怒りの矛先は、全ての元凶である姫へと向けられた。
しかし、誰一人として反乱を起こすことができなかった。
これほどの魔法を使える姫でなら、その気になればいつでも自分たちを殺せるのではと、理解してしまったのだ。
誰も国民を先導することができず、絶望を感じたまま安らかに死を受け入れていく。
ある日、王妃は訊ねた。
なぜ、このような事をしたのか、と。
姫の魔法は一体何のために研究したのか、と。
そう問いかけられた姫は、かつてのような無邪気な笑みを浮かべ答えた。
「私は、魔法という無限の可能性を追求したい。そのため、私の邪魔をする全てを許しはしない。民も、貴族も、お母様でさえ、私から魔法を取り上げる全てを全力で排除します。
魔法とは無限に広がる奇跡の力。疫病で苦しむ人も、絶望に身を染める人にさえ、救済を与えてくれます。なんと、素晴らしき力でしょう。
さあ、もうすぐですよ。あと少しで、私の理想郷が完成します」
正気の沙汰ではない。
王妃はそう思ったが、同時に見てみたいと思ってしまった。
姫の作り上げる理想郷というものを。
その場に立ち尽くした王妃は、暗く濁った眼差しで高らかに笑い声をあげた。
――――もうすでに、姫も王妃も壊れていたのだった……。
さらに時が過ぎ去り、民が数百人ほどになった頃、空に浮かぶ魔法陣が色を変えた。
黒い魔法陣が強い光を放つと、大地が浮かび空に浮かび上がった。
何十もの島に分断された大地は、空に浮かんだままそれ以降落ちてくることはなかった。
何にも脅かされることのない穏やかな居場所を手に入れた姫は、かの地を「庭園」と呼び、数百人の民の上に立つ女帝として君臨した。
そうこれは、「狂乱の毒女帝」が作り上げた理想郷。
どの国の歴史にも残らず、記録すらない始まりの地。
未だ、その地に足を踏み入れたものはいない――。
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