幕間

第179話 日課

 ――私の朝は早い。


 陽が登り始めるころには目を覚ましている。

 レンさんと旅を始めてからずっとだ。

 別に以前の心の傷が問題というわけではない。

 私が自分の意思でそうしているだけだ。


 顔を洗い、宿から出た私は屋根の上を走って海沿いの人気のない場所まで来た。

 人目に付かない静かな場所ならどこでもいいのだが、こうして海を眺めていると心が穏やかになる。

 最近は、街の復興で朝早い時間から騒がしかったのだが、ようやく落ち着きここも静かになった。


 もちろん私が朝早くからこの場所に来たのには理由がある。

 日課を行うためだ。

 正確で強力な魔法を扱うためには、緻密な魔力制御が重要なのだ。

 それに、こうして魔力を使い続けることで、自分の持つ魔力総量が増加する。

 早くスコルと契約するためにも、私は強くならなくてはならない。

 しかし、焦りは禁物。無理をしてはいけない。

 いつもレンさんを注意している私が、無理をするわけにはいかないだろう。

 というか、レンさんはもう少し周囲への影響を考えてから行動してほしい。

 後処理をする私の負担も考えてくれないだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えながらも、私は全身に魔力を流す。

 頭のてっぺんからつま先まで、均等に魔力を行き渡らせ、さらに指先に各属性の極小の魔力球を生み出す。

 火水土風の四大属性を基本として、光闇雷氷、さらには聖属性。

 他にもたくさんの属性魔法が存在するのだが、私が使えるのはこれくらいだ。

 全属性の魔法を扱えるの人なんて、SSランク冒険者の一人である「破滅の魔女」くらいだろう。

 今の私では、そこまでの知識も魔力もない。


 魔力制御の訓練を終えた私は、魔力で身体強化を施したまま海岸沿いを走る。

 レンさんに置いて行かれないようにするためには体力も必要なのだ。

 すぐに疲れてしまってはレンさんの足手纏いになってしまう。

 大変だけれど、私の意志で選んだ道だから苦ではない。


 こうして私の日課は終わり。

 後は宿に帰って、レンさんを起こしたりする。

 でも、私は知っている。

 レンさんが私よりも先に起きていつも鍛錬を欠かさないことを。

 あんなに強い力を持ち、やる気のなさそうな目をしているレンさんだが、実は誰よりも努力をしている。


 私は復興途中の港を歩き、真っ白な砂浜へと向かう。

 そこには、いつものように真剣な眼差しで刀を振るうレンさんの姿が。

 私はいつもこうしてレンさんの鍛錬している姿を見守っている。

 そのたびに胸が苦しくなる。

 なぜなら、レンさんの表情がどこか辛そうだからだ。


 悲しいのか苦しいのかは分からない。レンさんがそれを誰かに打ち明けることもない。

 それでも、レンさんが辛そうにしていることは伝わってくる。

 いつも気丈な態度をしているけれど、ああ見えて本当は臆病なのかもしれない。

 そう思うと、なんだか可愛らしく思えませんか?なんて……。


 原因は分かっている。ミカさんの事だろう。

 よく私やアイトさんにミカさんのことを話してくれる。

 その時のレンさんは本当に楽しそうで、ミカさんをとっても大事に思っているのだろう。

 そのたびに、私の心は苦しくなってしまう。

 ダメだってわかっているけれど、こればかりは抑えられそうもない。


 だって私は――――。


 レンさんは気づいていないと思う。

 そういうところだけ鈍感な人だから。

 いつか打ち明けられるかな。

 私にも、あんな顔を向けてくれるかな。

 ささやかなこの想いだけは、許してください。


 いつかちゃんと、ミカさんとお話してみたいな。

 私、絶対に負けませんから――。











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