第177話 vs 玄武 決

 右の前脚を斬り落とした煉は、さらに左の後ろ脚をも斬り落とし距離を取った。

 二本の脚を失った玄武は、重い自分の体を支えることができず傾き始めた。

 雲の上にあった頭が下がり、ようやく玄武の顔を拝むことができた煉は、ニヤリと笑う。

 玄武の顔は明らかに動揺していたのだ。


「四凶獣ともあろうに、どうした? 顔色が悪いぞ?」


『我が、身を斬る、など、あり得ぬ。我の、知らぬ、力、それは、何だ。かつて、我が身を、封じた、男も、持たぬ、力。忌々しい、実に、忌々しい』


「さあな。俺も詳しくは知らない。だが、一つだけ確かなことがある。これは――神を殺すための力だ」


『神を、殺す。なんと、身の程、知らずな。己が、無知を、恥じよ。神と、は、全能の、存在。矮小な、人間が、手を下すなど、弁えよ』


 玄武の言葉に、煉は首を傾げる。

 四凶獣でさえ神を崇めているような口ぶり。

 これほどの魔獣がなぜこうも神を信仰しているのか、煉は不思議に思った。


(もしかして、四凶獣は神が作った魔獣? それにしては……)


 煉が考え込んでいると、空から灰色の物体が落ちてきた。

 ポヨンッと跳ね、煉の側に着地し、大きな舌でなめずりをした。


「よお、どうだったよ」

「面白いものを見つけました。甲羅の上は丸裸ですので、わかりやすいかと。後は貴方にお譲りします。私では……相性が悪いみたいですから」

「?」


 グラムが意味深な言葉を残し、スライムに乗ったまま海岸まで戻っていく。

 一人残された煉は、丸裸だという玄武の背に目を向けた。

 煉が脚を斬り落としたおかげで、かなりの高度にあった玄武の背も良く見えるようになっていた。

 グラムの言葉通り、玄武の背にあったいくつもの島はどこかへ消え、真黒な亀の甲羅が姿を現している。

 その頂点に、玄武とは別の異様な魔力を感じる。

 どこかで感じたことあるような、懐かしい魔力の波長。

 一体なんだと首を傾げるも、まるでそこへと導かれているような気がした煉は、考えることをやめ、一直線に魔力源へと駆け出した。

 またしても自分に向かってくる煉を撃退しようと、玄武は岩塊を飛ばし、さらには水魔法と土魔法を合わせ、激しい濁流を発生させた。

 激しい波と巨大な岩塊を紙一重で躱しながら少しずつ近づいていく。

 その時、玄武の身に変化が起きた。


『これ、以上、我が身に、傷を、付ける、ことなど、不可能。強固な、我が、甲羅を、何人も、切断すること、能わず』


 二本の脚と長い頭を縮め、最上級の固さを誇る甲羅の内側へと籠ってしまった。

 甲羅の穴から玄武の赤い眼が煉を見据える。

 安全な場所から、近づけさせないよう魔法で牽制を続ける玄武。


「魔獣らしくない戦い方だな。まるで臆病な人間みたいだ」


 煉は勢いよく飛び上がり、そのまま足に纏わせた蒼炎をジェットのように噴射し、甲羅の上まで一直線に跳んだ。

 甲羅に紅椿を引っ掛け勢いを殺し着地をする。

 甲羅の頂点には紅い楔のようなモノが刺さっていた。


「何だこれ。……俺の炎と似た魔力?」


 自分の力と似た魔力の波長を感じ、まじまじと観察する。

 さすがに甲羅の上までは攻撃してこないようだ。


「もしかして、大賢者の……。こいつを封じたって言うから、何かしらの魔法を使っていると思うけど。これ……抜くべきか、それともさらに差し込むべきか」


 この楔を抜けば、それが穴となりもしかすると甲羅の奥まで傷を付けられるかもしれない。

 反対に、抜いてしまえばそこから穴が塞がってしまう恐れがある。

 そう考えると、この楔を利用して、さらに穴を穿つ方が良いと、煉は考えていた。

 数分悩んだ末、煉は楔を抜くことにした。

 少し警戒しつつ、楔に手を触れた瞬間――。


 ドクンッ――――。


 心臓が強く鼓動した。

 自分とは比べ物にならないほどの、強烈で精緻な魔力を体感し、大賢者との大きな差を痛感した瞬間だった。

 苦し気に息を吐き、煉は苦笑した。


「ははっ……こりゃすげぇや。こんだけ力があって、なんでこいつを封じたのかは知らんが、大賢者とは違う力を俺は持っているみたいだ。いいぜ、やってやるよ」


 煉は思い切り楔を引き抜いた。

 すると、同時に甲羅が塞がり始める。

 すかさず煉は、紅椿を差し込み自力で穴をこじ開けた。

 そして、紅椿が形を変えていく。

 反り返っていた刀身は真っ直ぐに、より貫通力のある武器へと変化する。

 全体に薔薇の棘のような突起が現れた黒紅槍。

 煉はそれを力のままに押し込んでいく。


「もうちょっと……あと、少し……いや、もうちょい……? おっ、ここだ」


 紅椿が半分ほど甲羅に埋まったところで押し込むのをやめ、大量の魔力を込める。

 異変を感じた玄武が甲羅の中から顔を出し、煉へと魔法を放とうとするも、もう遅かった。


「――――〈獄炎の荊棘ソーン・インフェルノ〉!!」


 その瞬間、玄武の全身から無数の紅い荊が飛び出した。

 玄武の体内では、荊が全身を這い回り、炎上、そして生命機関を容赦なく傷つけていく。

 玄武は断末魔の叫びを上げることなく――絶命した。






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