第175話 vs 玄武 ①

 いくら煉やグラムほどの膨大な魔力があっても、海上で長時間の戦闘を続けるのは困難を極める。

 しかし、玄武の巨体が一歩踏み進めるたびに、大きな津波が発生し下手に近寄ることもできない。

 かといって、距離を取り遠くから魔法での攻撃では傷一つ付けることはできないほど頑丈だった。

 玄武の周囲をできるだけ離れないように駆け回りながら、煉は次の一手を考えていた。


「亀らしく、歩みはおっそいんだよなぁ……」

「あの巨体ですからね。ですが、一歩で百メートルほど進みます。いつまでもこのままというわけにはいきませんよ」

「こういう巨大生物を倒すには中からがセオリーなんだが、あの口の中に入るもの難しいよなぁ」


 玄武の頭は遥か上空、雲よりも少し高い位置にある。

 そこまで飛び上がることはできるだろうが、下から見ただけで判断するに玄武の口は人間一人入れるかどうかというほどで、かなり小さい。

 その上、口が開いている様子もない。

 こじ開けることは不可能だとすると、内から攻めることはできないだろう。


「口の中に入るのは無理ですね。私では、あそこまで高く飛ぶことはできませんし」

「……なあ、あれって大賢者が封じたっていう魔獣だよな? どうやって封じたんだ?」

「どうやってと言われましても。そう言われているだけであって、詳細が記されているわけではありません。……これは想像に過ぎませんが、あの速度です。その上、滅多に攻撃を仕掛けてくることもありません。であるならば、今のうちに何らかの封印術でも使用したのではないでしょうか」

「封印術か……。そんなもん使えねぇしな。俺ができることなんか燃やすくらいで……――」


 そう言って煉が手に炎を灯した瞬間、強烈な殺気が煉へと向けられた。

 重力魔法で押しつぶされているかと錯覚するほどのプレッシャーに、煉と側にいたグラムはたまらず膝をつく。


「はぁ……っ……なん、だ。これっ……」

「空腹を、忘れ、るほどの……威圧、感。凄ま、じい……です、ね」


『この、気配。忘れも、せぬ。かつ、て、我が身を、封、じた、忌まわし、き、熱量。またしても、奴が、ここに、いると言うのか。捨て、おけぬ』


 玄武の言葉に、疑問を浮かべる煉。

 まるで玄武は煉の纏う炎を嫌悪しているかのよう。

 玄武にとってみれば、この程度の炎など気に掛けるほどでもないはずだ。

 しかし、かつて我が身を封じた、その言葉に引っかかりを覚えた。

 そして煉は、プレッシャーを誤魔化すように不敵に笑ってみせた。


「……なんだよ。こんな蝋燭の火にビビってんのかよ。四凶獣とか言われてるわりに、小心者だな」


『我を、愚弄、するか。矮小、なる、者よ』


「愚弄も何も、事実だろ。……いいさ。無駄に考えるのはやめだ。こうなったら徹底的に、だ」

「何を、するつもりですか?」

「亀退治の鉄則その二、甲羅の傷もしくは柔らかい部分を執拗に攻める! 少しの罅がいずれどデカい傷に繋がるってもんだ。あんたは上な。俺は下から攻める」

「はぁ。私の方が無理難題な気がします。仕方ありませんね」


 二人は同じように右腕を前に出した。

 そして厳かに謳うように告げる。


「――これは憤怒の証明。我が敵を払う罪深き宝具なり。顕現せよ『紅椿』」

「――暴食の化身。空虚な心を満たす罪深き宝具よ。我が声に応えここに『喰灰牡丹』」


 天を衝く火柱の側で、灰色の魔法陣が怪しい光を放つ。

 火柱の中に右腕を差し込んだ煉は、勢いよく引き抜くと美しく紅い刀身の大太刀を手に前を見据えた。

 その煉の視界を遮るように、灰色の滑らかな巨大な物体が現れた。

 それは、全体が丸く艶やかであり、見た目から柔らかさが伝わるモノであった。

 見上げるほどに大きいそれが煉の方を向くと、体を横断するように斜めに亀裂が走り、亀裂の奥から特徴的なギザ歯が現れ、大きな口を開いた。

 たまらず煉も声を漏らす。


「ええ……何これ……」

「私の大罪宝具――『喰灰牡丹』。宝具と言っても武器ではなく、グラトニースライムですが」





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