第174話 vs 災禍 ③

「――〈双頭毒竜クロスヒドラ〉」


 ヴィランが両手を空に掲げ、大きな毒の玉を生み出した。

 それはみるみるうちに双頭の毒の竜へと形を変える。

 気味の悪い笑みを浮かべ、ヴィランはイバラの方を向いた。


「これなら……しばらくは君を守ることができると思うよ……。キヒヒッ。彼も喜んでくれるかなぁ……。ああ、嬉しいなぁ。でも……彼にこんなに想われている君が、少し羨ましいよぉ……」

「は、はは……あ、ありがとうございます……」


 イバラはぎこちない笑みを返し、海に目を向けた。

 煉の魔法により敷地を増やした砂浜に、魚人が集結し始めていた。

 数は、目算でおよそ数百。今なお海から顔を出し数を増やしている。


「……魚人ってさ、知性ある魔獣だよな? 一体見つけたら、近くに旅団規模の数がいるって言われている……」

「そうですね。個体での強さはCランクとそこまで高くはないのですが、数を増すごとに練度が上がり、最高でAランクにまで匹敵するほどだとか」


 魚人は、海に生息する人型の魔獣。

 地上に出てくることは稀だが、極たまに港街周辺を泳いでいたりする。

 これまで目撃された魚人の最高群数は、約一師団以上。

 危害を加えなければ、特に襲ってくることもないため、意外と放置されることが多いのだが、一度敵と認定されると圧倒的な数による暴力に襲われることになる。

 今回も、おそらく最高数の魚人が集結していることだろうが、煉の魔法による一撃で半数が消滅したと思われる。

 そして現在進行形で、グラムと煉により駆逐され続けているためさらに数を減らしていることだろう。


「それでも、まだこんなにいるんだな……」」

「――数が多いだけ。まとめて燃やしてやればいい。簡単だろ?」

「ははっ。レンなら言いそうだな。まったく……少しはこっちの気持ちも考えてくれよな。レンみたいにまとめて燃やせるほど強くないっての!」


 アイトはイーリスを構え、魔力を込め始めた。

 イーリスにつぎ込まれていく魔力は、七色の光となって剣身を包み込む。

 そして、前方に向け鋭い突きを放った。


「――〈虹の尖刃・貫突アルカンシェル〉」


 解き放たれた虹の閃光が、魚人の大群の一角を貫き、風穴を開けた。

 一撃で数十の魚人が地面に倒れ伏した。


「レンみたいにはいかないか……」

「アイトさんも中々思い切りが良くなりましたね。弱音も多少減ってきましたし」

「いつまでも昔のままじゃいられないからな」


 魔獣を前にして楽しそうに会話をする二人の横で、ヴィランが羨望の眼差しを向けていた。


「……その前向きな姿勢、羨ましいね……。ああ、君たちは、僕の嫉妬を駆り立てる。こんなにも心を揺り動かすなんて……。ひひっ、ひひひひっ」


 奇妙な笑い声に合わせ、毒竜が空を舞う。

 そのたびに、周囲に死の恐怖を撒き散らしているのだった。




 ◇◇◇




「――〈拡散爆炎弾ショット・フレイム〉!」

「――〈吸生の矢ドレイン・アロー〉」


 煉の炎とグラムの矢が戦場に入り乱れ、魔獣たちに襲い掛かる。

 山のような巨大な影――玄武までの距離はまだ遠い。

 玄武の下に辿り着くまでに大量の魔獣を相手にしなくてはならない。

 砂浜に残してきたイバラたちと違い、煉とグラムが相手にしているのはSランクを越える大物ばかり。

 黒陸鮫やブラックシーサーペント、ブラッククラーケンなどの姿も見えている。

 魔獣は大きさや冠だけでなく、色によってさえ強さが異なってくる。

 黒に近くなるほど、その強さは増していく。

 色が黒く巨大な冠魔獣が最上級で危険な魔獣となる。

 魔王が従えたとされる邪竜ファブニールがそれである。

 今、煉たちが相手にしている魔獣は、それほど大きくないが色は限りなく黒に近い。

 そのため、SSランクと遜色ないのだが二人にとってはそこらの魔獣と大差ないようだ。


「黒持ちだから、もっと強いかと思ったが。そうでもなかったな」

「それほど大きくはなかったですし、冠でもない。黒持ちというだけならただの食事にすぎません」

「さすが、元Sランク。言うじゃん」

「……バカにしているのですか?」

「全然。おかげで楽できるな~、って思って」


 二人は呑気におしゃべりをしながら、海の上を駆けていく。

 魔獣は止むことなく襲い掛かっているのだが、二人は視線を向けることなくそれぞれ振り払っていた。

 走り続け、ようやく玄武の元まであと数百メートルというところまで来た。


「……近くで見ると、さらにデカく感じるな」

「……これが、四凶獣の一角。『要塞』の玄武。かつて大賢者が封じたと言われている魔獣ですね」

「――……へぇ? 興味深い話だな。後で聞かせてくれよ」

「貴方は大賢者について調べているのですか?」

「まあ、そうだな」

「それなら――っと、話は後にしましょう。ようやく動き始めたようです」


 大きな地揺れを感じ、二人は前を見据えた。

 玄武が一歩足を動かしただけで、世界が揺れたかと勘違いするほど。

 二人の警戒心は最大限まで高められていた。

 すると、厳格な声が世界に響いた。


『我が、歩みを、止める、モノに、罰を。疾く、死ねい』








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