第172話 vs 災禍 ①
既に日は沈み、月明かりや埠頭に建てられた灯台、魔法による光源を頼りに視界を確保している中、冒険者たちは必死な様子で魔獣と戦っていた。
砂浜や港で遠距離から攻撃を行い、船に乗りできるだけ沖合で魔獣を街へと近づけさせないようにしている。
それを率いているのは、ギルドマスターであるクレイン。
上に立つものとして、誰よりも休むことなく戦い続けている。
しかし、沖合に浮かぶ魔獣の影は減ることなく、未だ百メートルは越える山のような魔獣――玄武に動きはない。
冒険者たちが戦い始めてからおよそ二時間が経った頃、魔術師や船に乗っている冒険者に疲労が出始めた。
「――踏ん張れ! まだ戦えるってところを見せてみろ!!」
沖に出た船は、Aランク魔獣の足が生えた鮫――陸鮫に襲われている。
港から船まではそう遠くない。魔弓であればギリギリ届く距離だ。
弦を弾き、狙いを定めようとしたところで、またしても魚人が迫ってくる。
先ほどから同じことの繰り返しである。
援護しようとしたタイミングを見計らって、魚人が魔術師や弓士を狙い、他の冒険者たちの援護が途切れてしまうのだ。
まるで統率されているかのような動きに、クレインも対応しきれなくなってきていた。
さらに、時間の経過とともに怪我人も増えてきた。
重傷を負ったものは一時的にギルドへと運び、治療を受けさせているが、数が増え間に合わなくなってきているのが現状だ。
クレインは唇を噛み悔しげな表情を浮かべつつも、魔獣を倒すことはやめない。
自分が動かなくては、戦列が大きく崩れてしまう。
未だにクレインが残っているからこそ、持ちこたえていると言っても過言ではない。
(だが、このままではジリ貧だな。ったく……あの小僧は一体どこで油を売ってやがる……!)
クレインが主軸だと理解した魚人は、奇妙な叫び声を上げた。
すると、海からさらに魔獣が出現し、クレインの下へと集まってくる。
一瞬にして大量の魔獣に囲まれた冒険者たちが絶望の表情で膝をつく。
これ以上は無理だと悟ったクレインも、弓を下ろし諦めたようにフッと笑った。
「……ここまでか。自分の最後ってのは案外呆気ないもんだな」
自嘲気味に笑うクレインと項垂れる冒険者に、魔獣たちは容赦なく襲い掛かってくる。
クレインは最後まで目を背けることなく、その光景を目に焼き付けようとしていた。
そして……――。
「――――〈
クレインたちを囲んでいた魔獣の頭を正確に矢の雨が降り注ぐ。
頭を撃ち抜かれた魔獣はバタバタと倒れ、その場で絶望を感じた冒険者の誰一人傷を負うことはなかった。
目を丸くしたクレインの隣へ、エルフの美青年が降り立った。
「この程度で諦めるとは、兄さんも衰えましたね」
「……グラム。お前、どうして」
「これでも元Sランクの冒険者です。街を守るのは当然の事かと。それと、こんなにもたくさんの食事が自らやってきたのです。私にとっては貴重な食事の時間ですので」
そして、グラムは大きく口を開けた。
その口に周囲に散らばった魔獣の死体が吸い込まれていく。
大量の魔獣を食したというのに、満たされた顔をすることなく、未だ貪欲な目で海を見据えた。
「海の新鮮な魔獣は美味、ですね。これがまだ山のようにあるとは。私は運が良いみたいですね」
「今のは……」
「兄さんは冒険者たちを下がらせてください。後は私たちが引き受けましょう」
「私、たち……?」
「ええ。彼も戻ってきたみたいですね」
グラムはそう言って、空に浮かぶ月を指さす。
目を凝らして見ると、小さな影が見える。
それは徐々に大きくなり、人の形となった。
月明かりに照らされた鮮やかな深紅の髪が、その人物を示している。
突如、クレインのすぐそばに、船に乗っていたはずの冒険者たちが現れた。
誰もかれもが何が起きたか分からないという顔をしている。
そこへ、杖に跨った少女が二人と七色に輝く剣を手にした男が空から降りてきた。
「お前ら、今までどこにいた!? 今のはなんだ!?」
「話はあとです。レンさんが魔法を使うので、衝撃に備えてください」
イバラの言葉と共に、周囲の気温が急激に上がり昼のように明るくなった。
空を見上げると、巨大な太陽によって月が隠されていた。
その場にいた誰もがポカンと口を開け、呆けていた。
警告をしたイバラは地に降り、頭を押さえ伏せる。
それにつられ、冒険者たちも同じように頭を押さえ地面に伏せた。
「――〈
巨大な太陽が海に落とされ、大きな爆発を起こした。
その衝撃は、伏せていた冒険者たちを数人吹き飛ばすほどの威力。
一瞬にして海は干上がり、砂浜の面積が莫大に増えた。
海の中にいた大量の魔獣もその半数が蒸発し、沖合に浮かぶ影も数を減らした。
理解できないほどの衝撃を受け呆けているクレインの下へ煉が降ってきた。
「少々やりすぎでは? 私の食事が半分になってしまったではないですか」
「ああ? 知るかよ。自分の飯くらい自力で確保しろよ。――よぉ、ギルマス! 随分と愉快な顔してんな。後は俺たちに任せてゆっくりしてな」
信じられないほど軽いノリで挨拶をする煉に、クレインは開いた口が塞がらないようだった。
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