第171話 奮い立つ冒険者たち

 ――冒険者ギルドイザナミ支部。


 そこにはランクを問わず街にいる全ての冒険者が集められていた。

 しかし、冒険者たちの表情は暗い。

 歴戦のAランク冒険者でさえ、不安な表情を浮かべている。

 ギルドマスターであるクレインも険しい顔つきでギルドから夜の海を眺めていた。


「……あれほどの魔獣が、一体どこに隠れていたというのか」


 小さく呟くと、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 慌てた様子のギルド職員がクレインの下へと駆け込んでくる。


「ギルドマスタ―! 確認が取れました! 間違いないそうです!」

「そうか。あれが災禍の獣の一体……玄武。かつてとされる四凶獣だと。あれほどの魔獣が存在したなど、世界はよく滅亡しなかったな」

「そんな感慨にふけっている場合ではないですよ!! あんな魔獣、どうやったって勝ち目なんてありません!!」

「バカなことを言うな。ギルドマスターとしてあれほどの脅威を見過ごすわけにはいかない。それに私は元Sランク冒険者だ。魔獣を前にして逃げ出すなんてあってたまるか。民の避難は?」

「イザナミの民は全て地下壕にて結界を張っています。地上に残っているものは我々冒険者のみです」

「そうか。ならば行くぞ。私が冒険者たちを指揮する。逃げたければ今のうちに逃げろ。咎めはしない」


 そう言ってクレインは、壁に掛けられた魔弓を手に部屋を出た。

 部屋に置いて行かれたギルド員は、呆然と海を眺め慌ててクレインの後を追った。




 ◇◇◇



 階下の広場では怒号が飛び交っている。

 特に低ランク冒険者で若い者ほど、不安に煽られ発狂し泣き喚いていた。

 それをやかましいと黙らせようとする者、逃げ出すか相談する者、喧嘩を始める者、皆恐怖と不安で暴走しかけていた。


「――うるせぇぞ、お前ら!! そこまで元気あるなら、黙って俺に付いてこい!!!」


 それまで騒がしかったギルド内が、階段を下りてきたギルドマスターのクレインの一喝により、静まり返った。

 いつもと一人称が変化し、どこか荒々しい雰囲気を纏った様子のクレイン。

 かつての冒険者時代を彷彿とさせるような迫力を感じさせる。

 ギルドマスターになったことで、礼節を弁え落ち着いた雰囲気だったが、今は礼節だなんだと言っている場合ではない。


「逃げたい奴は逃げろ! 命を懸ける気概もねぇ冒険者に、戦場に立つ資格なんてない! 邪魔なだけだ! だが、お前らが冒険者になったのは何のためだ? 金か? 名声か? お前らは運がいいなぁ。今! ここで! 命を懸けられる奴は、そのどちらも得ることができる!! イザナミを守る英雄として名を上げ、この戦いで生き延びた奴にはギルドから白金貨二十枚くれてやる!! 選ぶのはお前ら自身だ! 命を賭す覚悟のあるやつは、黙って俺に付いてこい!! 安心しろ。俺たちにはすでに英雄が付いている!」


 そして不敵な笑みを浮かべたクレインは、ギルドから飛び出していった。

 ギルド内に居た冒険者たちは、誰もが顔を見合わせ武器を手に雄叫びを上げた。

 夜のイザナミの街に、命を懸けんと奮い立つ男たちの叫び声が響く。

 誰一人として、逃げ出す冒険者はいなかった。






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