第168話 一か八か

 重厚な扉の前に立つと、まるで煉たちを歓迎するかのように、扉は大きな音を立て自動で開いた。

 扉の先は灯りが無く、外からでは中の様子を窺うことはできない。

 入るのを躊躇ってしまうほどの暗闇だが、三人の足が止まることはなかった。

 元より、後戻りなどできないし、するつもりもない。

 前に進むのみである。

 三人が中に足を踏み入れると、またしても扉は自動で閉まった。

 それと同時に、部屋が少しずつ明るくなっていく。

 蝋燭の火ほどのオレンジ色の小さな光源が、扉を中心に広がっていく。

 扉の先の全貌が徐々に明らかになっていく。


「――……橋、か?」


 部屋と思われる空間の中心には、幅十メートルもない細い橋。

 それ以外に何もない。

 橋の下にも、そこの見えない暗闇が広がっている。

 落ちたらどこに辿り着くか想像すらできないだろう。

 橋の先には、煉たちの後ろにある大扉とは趣向の違う、人一人分の豪奢な扉が見えた。


「まだ先があるみたいだな」

「こんな橋を渡るのか……。落ちたら一巻の終わりだぜ。少し足が竦むな……」

「確かに……これは怖いですね。それに、如何にも魔獣が居そうな雰囲気を感じます」

「落ちたらの話だ。落ちる前に渡り切ればいいだけだろ」


 煉は迷うことなく橋を渡り始める。

 その後ろを恐る恐るついていく二人。

 チラッと下を除くと、大量の赤い眼が橋に向いていた。

 勢いよく視線を上げ、自分は何も見ていない体を装うアイトだが……。


 カサカサカサカサカサカサッ――――。

 バサッバサッバサッ――――。


 暗闇の中で蠢いていた魔獣が行動を開始していた。

 それらしい魔獣の足音と羽音が、少しずつ橋に近づいている。


「想像通りだな。こんなあからさまな橋を簡単に通しちゃくれないみたいだ」

「冷静に言ってる場合かっ! 早く渡らねぇと……!?」

「もう手遅れだ。――――来るぞっ!!」


 煉がそう声を上げると、橋に大きな蜘蛛の足が乗った。

 そして三人を通せんぼするように、巨体が立ちはだかる。


「あれは……クイーンアラクネーか」

「SSランク魔獣……こんなところで……っ」


 クイーンアラクネーは、下半身が蜘蛛、上半身が女性の姿の魔獣である。

 鋭い爪を持つ八本の蜘蛛の足と自由自在に操る蜘蛛糸が脅威ではあるが、それ以上に目を見張るのが繁殖力である。

 一回の産卵で数千以上の子アラクネーを産む。産卵の周期は三か月に一回。

 クイーンアラクネーが率いるアラクネーの軍隊だけで一国を亡ぼすことも可能である。

 存在するだけでSSランクとして認定されるほどの強力な魔獣だ。


「しかも、産卵後だな。数が多すぎる」


 既に周囲の壁にもアラクネーが張り付いていた。

 先ほどのディバイドフロッグとは比べ物にならないほどの数だ。

 それとは別に気を付けなければならない魔獣が居た。


「翼もちの蛙。エンジェルフロッグだな」

「Sランクの魔獣ですね。数はそう多くないみたいですが、厄介極まりないです」

「エンジェルフロッグって実在したんだな……」


 エンジェルフロッグは、天使のような翼を持つ蛙の魔獣。

 翼を使って自由に空を飛び回り、空中から毒液を吐いたり長い舌を伸ばしてくる。

 さらに舌には麻痺毒があり、かすっただけで行動不能になってしまうほど強力な毒だ。

 蛙魔獣における最強の存在だと言える。


「その分、火に弱いってのは好都合なんだが……」

「何か問題があるのか?」

「エンジェルフロッグが火に弱いのは、体を覆う大量の油のせいなんです。火魔法で討伐しようとすると、半径五十メートル規模で爆発を起こすと言われています」

「エンジェルフロッグを爆発させれば、アラクネーも巻き込めるが橋も落ちる。クイーンアラクネーは爆発程度じゃ死なないし、橋の下にいる奴らにまでは届かない。そういうわけだから、俺の炎でまとめて燃やすことも難しい。せめて橋の向こうまで渡れればいいんだがな」


 煉にとっては蜘蛛も蛙も取るに足らない魔獣だが、環境のせいで苦戦を強いられることになった。

 険しい表情を浮かべ、攻略法を模索していた。


「……イバラ。咄嗟に足場を作ってくれって言えばできるか?」

「魔法の準備が完了していつでも発動できる状態であれば。そうすると簡単な魔法を数発しか使えなくなってしまいますが」

「一か八か、だな。アイト、イバラに魔法の準備をさせる。できるだけ橋の上にいる蜘蛛を減らすぞ。蛙にも警戒しつつな」

「難しすぎるだろ!」

「やるしかないんだ。腹をくくれ。蛙にはまだ手を出すなよ」

「あ~もうっ! わかったよ! やればいいんだろ!!」


 アイトはイーリスを構え、顔を引きつらせつつもクイーンアラクネーと対峙した。

 その横に煉が並び立つ。

 イバラは長杖を手に、詠唱を始めた。


「――――さあ、賭けの始まりだ!!」








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