第166話 劫火の大剣

 ヴィランは周囲に飛び散った魔獣の毒の中から姿を現した。

 奇妙な笑い声をあげ、裾が微かに焦げている服を纏って。

 炎上した島から難を逃れた状態だということが明らかだった。

 それでも彼女?が笑っているのは、その人間性ゆえだろう。


「また……会えて嬉しいよぉ……」


 恍惚とした笑みを浮かべ、煉を見る。

 その笑みを向けられた煉は、体中に鳥肌が立ち警戒するように少し後ずさった。


「俺は会いたくなかったけどな。それよりなんでこんなところにいるんだ?」

「君の熱烈なを受けてから、私はどうにかこの島まで生きて逃げることができたんだよぉ……。なぜあそこから一番遠いここにいるんだって顔をしているねぇ……」


 煉はドキッとした。

 まさに自分が思っていたことを言い当てられたのだ。

 今いる島は、炎上した島とはかなり距離がある。

 流れ着くにしても、もう少し近い島もあるだろうと思っていたのだ。


「簡単な話だよぉ……。この遺跡と僕の持つ罪の毒が共鳴したんだろうねぇ……。『毒女帝の遺跡エンブレス・オブ・ポイズン』。まさに私のための遺跡みたいなものだよねぇ。キヒヒッ」

「……毒を持って毒を制する、その身で体現してやがる」

「確かに毒の性質を持っているのであれば、しかも大罪魔法レベルの毒ですから、この程度の毒なんて効果はないに等しいのでしょうね」

「イバラちゃん……そんなに冷静に分析しなくても……」


 ヴィランは部屋中に毒を広げ、魔力を高め始めた。

 その視線は真っ直ぐに煉へと向けられている。

 一点の曇りもない純粋な黒い瞳がヴィランの思いを鮮明に物語っている。


「さぁ……この前に続きをしよう……っ。僕のを、私の嫉妬を、どうか君に受け入れてほしいなぁ……」

「――お断りだ」

「ふぇ……?」


 ヴィランは虚を衝かれたようで、魔力が霧散した。

 ここまで準備万端にした上、前回よりも狭い空間でこれほどの毒を広げられれば三人ともただでは済まない。

 仲間を大事にするはずの煉がここで断るなんてないと思っていたのだ。

 ヴィランの予想に反して、煉は戦う気が無い。

 煉は何もない空間に右手を伸ばし、何かを掴む仕草をした。

 その動きでイバラは煉が何をしようとしているのかを察し、アイトの手を掴んで煉のすぐそばに近づいた。


「悪いが、お前に構っている暇はない。とっととこの遺跡から出て他を当たれ。


 ――これは憤怒の証明。我が敵を焼き払う罪深き宝具なり。顕現せよ『紅椿』」


 煉の目の前に渦巻く火柱が立ち上り、視界を赤く染め上げる。

 伸ばした右手を握りしめ、火柱の中から引き抜くと、煉の右手にはいつもの大太刀ではなく刀身の太い深紅の大剣が握られていた。

 刀身からは常に炎がとめどなく溢れ、周辺の温度が上昇していく。

 ヴィランは自分の知らない力の奔流を目にし、驚愕の表情を浮かべていた。


「なに……それ……。僕の知らない……力……」

「なんだ、未体験か。いつかお前にも手にしてもらわなければならない力だ。その身に焼き付けろ」


 大剣を逆手に持ち、勢いのままに地面へと突き刺した。


「――――〈劫火の尖刃レーヴァテイン〉!!」


 煉の鍵言と共に、熱風が吹き荒れ、部屋中に広がった毒を焼き尽くした。

 さらに地面を伝って一直線に放たれた極大の炎柱は、毒の奥にある遺跡の壁さえも破壊していく。

 炎が収まった時、煉の前には一本の炎上する道が作られていた。


「うしっ。これで道ができたな。最初からこうすりゃよかったんだよ」

「非常識にほどがあるな……」

「まあ、レンさんですからね。私はもう諦めました……」


 呆れた表情を浮かべる二人を連れ、煉は炎の道を歩いていく。

 一人、部屋の中に置いて行かれたヴィランは、自分の知らない力をまざまざと見せつけられ、呆然と尻もちをついた。

 しかし、その口元は三日月のように弧を描いていたのだった――。






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