第164話 迷宮攻略 ①

 歩みを進めるごとに、道は険しさを増していく。

 特に――罠の数が。

 突然床が抜け落ちた先は剣山、背後から迫りくる大岩、天上から降り注ぐ槍、雷魔法によって発生した電流、水責め火責め等、人の手によって設置されたであろうものばかり。

 罠の位置さえ、魔法によって隠蔽されている。

 その上、迷宮特有の魔獣が出現することもある。

 方向感覚も掴めず、罠を警戒し常に気を張り、現れる魔獣の対処もしなければならない。

 三人とも、精神的な疲労により、ぐったりとしていた。


「迷宮って言っているから、もしかしたらと思っていたが。やっぱりあってよかったな」

「ですね。魔獣も現れず罠もない、セーフティーフロア。しばらくここで休みましょう」


 そう言ってイバラは、煉のアイテムボックスに収納していた調理器具で簡単にスープを作り始めた。

 その間、アイトは言葉もなく仰向けに倒れこんでいた。


「おーい。大丈夫か?」

「……ヤバイ。前の森より疲れてる。迷宮って言ってるくせに、なんでこんな人口的な罠ばっかりなんだ……」

「確かにな。明らかに数が多すぎる。SSランク迷宮ってわりには魔獣がそんなに強くない。道は複雑だし方向感覚はないに等しいが、それにしたって人口的過ぎる。人口迷宮なんてないはずだよな?」

「聞いたこともないな。迷宮とはその場に溜まりすぎた魔力が変質して形作られるものだって言われてる。人の手で作るには、魔術師がいくらいても足りないって話だ」


 アイトが言うように、迷宮は自然界にて一定の場に魔力が溜まり、溜まった魔力が変質すると空間が歪み、迷宮と言うものが形となる。

 そこに魔獣が巣くい、さらに魔力が溜まることで迷宮は大きく、そして強力な魔獣の住処となる。

 その大きさや魔獣の強さによって迷宮のランクが決められるのだが、今煉たちがいる「毒女帝の遺跡」内に存在する魔獣は、精々がCランクと言ったところだろう。

 SSランクと言うには、魔獣が弱すぎるのだ。


「実際、今俺たちがどこにいるのかすら曖昧だ。この先にもっと強い魔獣がいるかもしれない。注意するに越したことはないが、いくら考えてもおかしなところしかない」

「あの声の言う通りなら、ここを踏破すれば空中庭園に行けるってわけだろ。『毒女帝の遺跡』……空中庭園を空に浮かべたのも古代の女帝って話だよな」

「まさか、女帝が迷宮を作ったって言いたいのか?」

「可能性とはあり得るかもしれないだろ。空中庭園なんてものを作るような魔法使いだぞ。それに古代魔法は未だ解明されていないことが多い。迷宮を作る魔法なんてのもあるかもしれないんだ! そう考えるとワクワクするなっ!!」


 アイトが勢いよく体を起こし、キラキラした目を煉に向ける。

 先ほどまでの疲弊していた様子はどこかへと飛んでいき、生き生きとしていた。

 そして今にも口づけをしてしまうのではないかと思うほど、顔が近くにあった。

 煉はその顔を押しのけ、距離を取る。


「わかったから、離れろ!」

「ぶべぇ。ごごは、がならずどうぱちなきゃにゃらんど! べったいにば!」

「何言ってるか分かんねぇよ……」

「できましたよー……って何してるんですか……?」


 完成したスープを運んできたイバラが、顔を近づけて話している二人を冷たい眼で見つめる。

 そこに感情はなかった。

 見てはいけないものを見てしまったかのように、イバラは視線を逸らした。


「勘違いするな。馬鹿が興奮していただけだっ!」

「だーれが興奮なんかしてるかっ! 俺を興奮させるのは、魔法と魔道具とアリスだけだ!!」

「「……」」


 必死な様子で叫んだアイトを、冷めた眼で見つめる煉とイバラ。

 その視線は、先ほどよりも冷たく、何言ってんだこいつ、と言わんばかり。

 ただ、アイトがわかり切った性癖を叫んだだけだった。




 ◇◇◇



 セーフティーフロアでワイワイと騒がしい三人を見つめる影があった。

 決して近寄ることなく、ただ遠くから眺めているだけ。

 その顔は、羨望と喜びで奇妙に歪んでいた。


「――――――キヒヒッ」






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