第163話 SSランク迷宮

「――それで? 意気揚々とトラップを踏み抜いたアイト君は、言い訳でもあるのかな?」


 いつになく綺麗な笑顔を浮かべ、優しい声音でそう訊ねる煉。

 後ろでイバラが驚愕の表情で体を震わせているが、それを気にしている場合ではない。

 煉の目の前には、誰よりも低く頭を下げ土下座をしているアイトの姿があった。

 アイトは何も言わず、しばらくその体勢のままでいた。


「別にやる気になるのは構わないけどな。ただ、今回のは運が良かっただけで、もしかすると即死系のトラップもあるかもしれないだろ。そんなアホな死に方したくなければ、もう少し危機感持ってくれ」

「レンさんが言っても説得力ないですよー」

「それは言わないでくれ……」


 イバラにジト目でそう言われると、煉の作ったお説教モードの雰囲気が霧散した。

 煉も時々緊張感をどこかに忘れてしまうことがある。

 アイトに諭してはいるが、煉も人のことが言えないのだ。

 居たたまれなくなった煉は、アイトを立たせ俯いている額に軽くデコピンをした。


「痛っ!!」


 魔人である煉の身体能力は、強化せずともそこらの岩程度であれば粉砕できるほどの力がある。

 例え手加減をしたデコピンでも、普通に殴られるくらいの威力を持つ。

 アイトは涙目で額を抑え、煉を睨む。


「悪い悪い。でもまあ、いつまでもうじうじと気にしてないで見てみろ」


 煉が指で示した方へ視線を向けると、アイトは目を輝かせた。

 壁の作り、刻まれた幾何学的な紋様、そして漂う濃密な魔力。

 見たことも感じたこともなく、今の魔法技術では作ることのできない建物は、古代の代物だと一目でわかる。

 三人が転移トラップで飛ばされた先は、古代遺跡の中だった。


「ほら、足元も見ろ」

「足元……って、うわっ。読めねぇ……」


 アイトの足元に浮かび上がる文字は、解読不能とされている古代文字で、女帝が支配していたとされる国で使われていたらしい。

 現代の魔法陣に使われている魔法文字に似通っているが全くの別物である。

 文字としての意味、熟語の構成さえも解明されていない。


「美香が居たら、こんなのすぐに読み解くんだろうけどな……」

「いくら何でも、これは無理じゃないですか……?」

「いや、美香ならやりかねない」

「お前の友達は……いや、やめとく。類は友を呼ぶって言うもんな」

「急にどうした?」


 アイトの言葉の意味が分からず煉は首を傾げる。

 煉の中で、美香は同類ではないためアイトの言葉は間違っていると思っているのだが、他の人から見たら煉も大概であった。

 大図書館で読んだ文献の内容は全て記憶している上に、その記憶をすぐに引き出すことができる。

 必要な時に必要な知識を正しく扱えることのだ。

 煉に自覚がないだけで、イバラとアイトは話に聞く美香と同類だと思っている。


「そんなことより、この文字何とか読めねぇか」

「読めませんね。鑑定魔法を使っても解読できないみたいですし」

「魔道具を使っても意味ないって話だしな。本当に――」


『――――ここは、SSランク迷宮「毒女帝の遺跡」。余の庭園に足を踏み入れたいと申すのであれば、我が遺跡を踏破するがいい。滑稽に踊ってみせよ』


 アイトの言葉を遮り、凛とした威厳のある女性の声が響いた。

 そして、ゴゴゴッという大きな音を立て、遺跡が形を変える。

 先ほどまで壁だった場所に道ができ、床と天上が逆になった。

 気を抜くと方向感覚や上下左右の判断さえままならないほどの空間の歪み。


「これは……」

「SSランク迷宮……ですか……」

「なかなか挑発的だな。だが、ここを踏破すれば空中庭園に行けるってわけだ。やらないわけにはいかないよな」


 煉の言葉に二人は力強く頷いた。

 そして三人は、歪んだ遺跡の中を歩き始めた――。





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