第161話 暴食
テーブルの上に、絶え間なく料理が運ばれていく。
しかし、運ばれた料理は一瞬にしてなくなっていく。
まるで手品のような光景に、周囲の注目を一点に集めていた。
運んでくる店員も厨房にいるオーナーも食材が底を尽きてしまうのではないかと心配している様子。
店の売上としては文句ないだろうが、他の客へと料理が出せなくなってしまうのは困る。
「……そろそろやめとけよ」
店員の顔から事情を察した煉が、声をかけた。
呆れた様子で視線を向ける煉の目の前では、綺麗に前掛けをしナプキンでハンカチで口元を拭いているグラム。
料理が運ばれてから、彼は黙々と食べ続けていた。
その食べ方はとても綺麗で、貴族のようにマナーが体に染みついているようだった。
水を一口飲み、一息ついたグラムはようやく口を開いた。
「……そうですね。私の食欲が満たされることはないですし、これくらいにしておきましょう。ごちそうさまでした」
「これだけ食って満たされないのかよ。さすが『暴食』……」
「ですので、こうして人の作る料理を食べたのは実に数十年ぶりですね。普段は街で食事をすることがないので、つい多めに頼んでしまいました」
「売上としてはありがたいかもしれないが、ある意味で迷惑な客だな」
「自分でもそれは理解しています。ですから、常に魔獣の多い地に赴いて食事をしているのです。そのほうが私の腹が膨れるので」
グラムは優雅に紅茶を飲みながらそう言う。
しれっと普通に会話をしているが、特に違和感はなかった。
ただ、目立つ二人ではあり、視線が二人に集まっている。
一緒のテーブルに座っているアイトは、なぜか居心地の悪い思いをしていた。
「……なんか、ここに居たくないのは俺だけか……?」
「気にしたら負けですよ。慣れてください」
アイトの思いを、イバラはバッサリと切り捨てた。
そんなイバラは慣れた様子で、紅茶を飲んでいる。
しかし、その手は少し震えていた。
「それで、ここに来た目的は?」
「簡単に言えば、文句を言いに来ただけです。貴方のせいで、私の防具がこんなに……風巻蜥蜴の鱗でできた防具ですよ。かなり貴重な上、丈夫なはずなのですが、さすがにあの状況で無傷というわけにはいきませんでした」
「それは災難だったようで」
「悪びれもしないとは。まあ、いいでしょう。もう一人の方ですが、あの少女は『嫉妬』ですね。彼女も生きておられますよ」
「そいつは良かったな。一緒には来なかったようで安心したよ」
「彼女と行動するのは私の遠慮したいですね。少々不気味さを感じました。炎に包まれた島の中でずっと笑っていたのですから」
それを聞いた三人は、その光景を想像してしまった。
その結果、三人とも体中に鳥肌が立ち得も言われぬ恐怖を感じた。
特に煉はそれが顕著で、顔に出ていた。
「……そんなに嫌そうな顔をしなくても。いずれ私たちは共に戦うとされているのです。できれば仲良くはしたいと思っているのですが」
「一緒に戦うのは許容してやる。だが、あれと仲良くするのは無理だ。なんか嫌だ」
「ふむ。まあ、今は良しとします。それと、あなた方に聞きたいことがあったのです」
「どうせ兄貴のことだろ?」
煉がそう言うと、グラムは険しい表情を浮かべた。
「ええ。兄は、私を見つけてどうしようと?」
「言っておくが、俺たちも何も知らないからな。あんたを探してくれって言われただけだ。それに、まあクレインの顔を見れば心配しているみたいだったけどな」
「――そんなことはあり得ません。あの兄に限ってそれは」
グラムはきっぱりと断言する。
その様子に、三人は目を丸くした。
アイトが何か追求しようとしたのを止め、煉がエルフの兄弟の事情に触れることはなかった。
これは彼ら二人の問題である。
「まあ、クレインの目的は知らないけど、もしクレインが間違ってるのなら、あんたに味方してやるよ」
「ほう? それは何かメリットがあってのことですか?」
「一応迷惑料だ。それでこの前の分はチャラにしてくれ」
「なるほど。釣り合っているのかは気にしないでおきましょう。その時はよろしくお願いします。それでは」
軽く会釈をして、グラムは立ち上がる。
テーブルに白金貨三枚を置いて、そのまま店を出ようとした。
白金貨はこの世界で使われる最上級の貨幣で、いくら店の食材が無くなるほど食べたからと言って、使うような貨幣ではない。
しかし、グラムは気にすることなく置いていった。
去り際、何かを思い出したように煉に伝えた。
「そう言えば、ゴブリンが根城にしていた洞窟なのですが、不思議な魔力の流れを感じました。私は興味ないのですが、よろしければ行ってみてはどうですか?」
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