第160話 相席

 煉たちはクレインから解放された後、イザナミの大通り沿いにある人気の食堂で食事をとっていた。

 周囲で聞こえる声は、どれも魔群帯の話ばかりだった。

 どこに行っても同じ話を耳にするようになり、煉は少しうんざりしている様子。

 ふてくされた顔でロードコケッコーのステーキにかじりついた。


「……あんなに怒らなくてもいいだろ」

「いや、普通だろ」

「普通です。むしろあれくらいで済んだことを喜ぶべきです。これからの後処理はギルドマスターがしてくれるみたいですし。もっと感謝すべきでは?」

「それはわかってるけど、なんか嫌だ」

「子供みたいなこと言わないでください」


 唇をとがらせ拗ねる煉をなだめ、イバラは追加で料理の注文をした。

 人気店らしく、席は満席で賑やかな雰囲気に包まれている。

 どこのテーブルを見ても、誰も暗い顔をしていない。

 アイトがしみじみとした様子で呟く。


「……島が沈んだと言っても、あんまり気にしていないみたいだな」

「魔群帯だし、正直イザナミにとってはあまり影響はないだろう。ミズハノメの人たちも大して気にしてなかったしな」

「それもそうか。魔獣が闊歩する島が一つ少なくなったわけだしな。食料事情は少し変わるだろうけど」

「そうですね。あの島では牛の魔獣が生息していました。この国での牛肉の消費量は少なからず減少するでしょう」

「肉が減るのは痛いなぁ……」


 まるで他人事のように言う煉へ、二人はジト目を向けた。

 しかし、いくらそんな視線を向けても煉が気にすることはない。

 一度開き直ったら頑固なのだ。

 それがわかっているイバラは話題を変えた。


「そういえば、あのお二人は大丈夫でしょうか?」

「あの二人って……煉と戦ってたやつと『悪食』だよな。あいつらも煉と同じ系統の魔法使いだろ。改めて思ったけど、大罪魔法ってやばいな」


 アイトはヴィランの毒と煉の炎、そしてそれらを吸い込んだグラムの力を思い返し、体を震わせた。

 しかし、あれほどの戦いでも三人は本気を出してすらいなかった。

 煉とヴィランは魔力をぶつけ合っていただけ、グラムに至ってはどんな能力かもはっきりとしていない。

 彼らが本気を出したら、島一つでは済まなかっただろう。

 すんでのところで煉が切り上げたことが功を奏したとも言える。

 やり過ぎなのは否めないが。


「死んではいないさ。グラムは腐ってもSランクの冒険者だ。ヴィランは知らんけど。あいつとまた鉢合わせるのは面倒だ。とっとと空中庭園の行き方を見つけてこの国を出るぞ」

「でも、まだ依頼を完了してませんよ」

「グラムは見つけたし、ハイゴブリンキングの群れはグラムが殲滅したって話だろ? もうやることは済ませた」


 そして煉は食堂の入り口に視線を向けた。

 つられて二人も同じように視線を送る。

 そこには至るところが溶け、ボロボロの防具を纏った美形なエルフの姿。

 そのエルフの目は一直線に煉へと向いていた。


「いらっしゃい、エルフのお兄さん! お一人ですか?」

「いえ、知り合いと待ち合わせをしているのです。もう見つけたので、あちらの席にお勧めのお料理を何種類か大盛りでお願いします」

「はーい。ごゆっくり~」

「ありがとうございます」


 エルフの男は礼儀正しくお辞儀をし、そのまま煉のいるテーブルまでやってきた。

 目を丸くしている二人を無視し、煉の向かいの空いている椅子に勝手に座った。


「……いつの間に知り合いになってたんだ? 相席を許した覚えもないんだが」

「構わないでしょう。私にはあなたに文句を言う権利がありますし。そちらのお二人も、こんなところで争うほど非常識ではありませんので、そう警戒なさらずに」


 そう言って、エルフの男――グラムは柔和な笑みを浮かべた。







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