第158話 三つ巴

 煉の炎とヴィランの毒は拮抗していた。

 二人は魔法を使っているわけではなく、ただ自分の魔力を放出しているだけである。

 ヴィランの毒が煉の炎を溶かし、煉の炎がヴィランの毒を燃やす。

 両者ともに引くことを知らず、しかし島が限界に近づいていた。

 二人がそのことに気づくことはない。


「戦いなんて知らないみたいな顔して、意外とやるじゃん」

「僕は何もしていないよ……。ただ、私の想いが溢れてしまっているだけだから……。ああ、でも……これが楽しいって言うのかな。ヒヒッ、こんな感情初めて……」


 ヴィランは恍惚とした顔で笑う。

 間近でその顔を見た煉は、口元を引き攣らせ体を震わせた。


「おい、そんな顔を俺に向けんな。今めちゃくちゃ鳥肌たったじゃねぇか」

「そう言われても……。貴重だよ? 僕がこんなに楽しいって思っているのは。そう思わせてくれたのは君だ。私はとても感謝しているよ。でも、やっぱりずるいなぁ……。彼女たちは君と一緒に旅をしているんでしょ? 羨ましいなぁ……君は仲間に囲まれ、僕は独り……。あぁ……とても羨ましいよぉ……」


 ヴィランがそう口にした途端、毒の浸食する勢いがさらに増した。

 拮抗していた力が崩れ始め、煉の表情に焦りが浮かび上がる。

 小さく舌打ちをした煉は、遠くにいる二人の様子を確認した。

 遠すぎてあまりよくは見えないが、疲弊して座り込んでいる二人の姿が辛うじて見える。

 そして、二人しかいないことに疑問を抱いた。


「生きているのは良いが、もう一人は――まさかっ」


 煉が気づくと同時に、空から二人をめがけて大量の矢が降り注ぐ。

 矢は炎と毒によって阻まれ、二人にあたることはなかった。

 しかし、矢に気を取られていた二人の間にかなりの美貌を持ったエルフの男が降り立った。

 丁度炎と毒の中間地点で、何事もない様子でエルフは話し始めた。


「これは……今まで感じたことのない刺激的なテイスト。素晴らしいですね。同じ系譜に属する方々の魔法を味わうことができるとは。私は幸運です。ですが、これでは腹も膨れないでしょう」


 エルフが大きく口を開けると、煉の炎とヴィランの毒が口の中へと吸い込まれていく。

 毒の浸食が収まったことで、煉は一度距離を取った。


「……あんた、クレインの弟だな?」

「ゴクンッ。そうですね。クレインは私の兄に違いありません。先ほどの鬼の少女からも聞きましたが、何やら私を捜索していたとのこと。あえて聞きましょう。目的は?」

「知らん。クレインから頼まれたから探してただけだ。何がしたいのかなんて自分で聞け。で? 俺としては素直についてきてほしいんだが、そんなタマじゃないだろ、アンタ」

「私は私の欲を満たすため、行動しています。それを邪魔するというのなら、たとえ同じ大罪人であろうと容赦はしません。名乗りましょう。私はグラム。『悪食』の名の通り、全てを喰らいつくしてみせましょう」


 そうしてグラムは、煉に向かって弓を構える。

 そこに矢はない。

 魔弓は弦を引くだけで自動で矢を充填する。

 使用者の技量によって、番える矢の数や形は変化するのだ。

 エルフであるグラムは、人よりも長い時間を生きている。

 誰よりも魔弓の扱いは長けていると言える。

 一触即発の二人。

 しかし、当然空気を読まずに割り込む者はいた。


「……――ねぇ。僕を無視して、何をしているのかな」

「「っ!?」」


 突然放たれた粘着質の魔力に、二人は悪寒を感じた。

 ヴィランから発せられる魔力は黒くドロドロとした何かとなって地面に広がる。


「私も混ぜてよ……。僕だけ仲間外れなんて、酷いでしょ……。ねぇ……ねぇ……ねぇ……っ!」

「これは、さすがの私でも腹を壊してしまいかねませんね」

「暴食ってのはこんなのでも食おうとするのかよ」


 小さな島に、三人の大罪魔法士が集結した。

 それはとても異常なことである。

 ましてやこれから三つ巴の戦いに発展するなどと。

 三人がもし本気で戦い始めたとしたら、周辺の島も巻き添えを食うことだろう。

 自分の欲望に忠実な二人は睨み合っていた。

 煉は盛大なため息を吐き、呆れた表情を浮かべ地面に手をついた。


「――こんなところでやるわけないだろ。馬鹿か、お前ら」

「何を言って――っ!?」

「やりたいなら二人で勝手にやってろ。――海の底でな。〈灼熱世界ムスプルヘイム〉」


 一瞬にして、島が炎上した。

 至る所から火柱が高く上がり、何もかもを焼き尽くそうとする。

 さらにその熱量によって気温が上昇、人の生存できる環境ではない。

 立ち昇る黒い煙が空を覆い太陽の光を遮る。

 突然のことで、ヴィランとグラムは対応が遅れ、紙一重で噴き出す火柱を回避していた。

 この環境の中、未だ動けていることが魔人としての能力を物語っている。

 煉はそんな彼らを置き去りに、空へと飛び上がった。


「じゃっ。生きてたらまた会おうぜ。同じ大罪人同士、仲良くな」

「待ちたまえ! 島を燃やすとは何を考えてっ!?」

「あぁ……っ。やっぱり、私の思った通りっ……! いいなぁ、いいなぁ……!」


 耳に届く二人の声を一切無視して、煉は島から脱出していく。

 途中、ふらふらの状態で長杖に跨るイバラとアイトを回収していくのを忘れずに。

 さすがに文句は免れないようだが……。


「耐炎結界が無かったら、私たちも無事ですまないんですけど!?」

「すまん、すまん。まあ、イバラなら俺が何するか分かっててくれると思ったから。実際そうだろ?」

「だとしても、やりすぎです! これ……後で何か言われても知りませんからねっ」


 炎上する島を三人は空からじっと眺めていた。

 数時間後、魔郡帯にある一つの島が燃え上がる炎と共に海に沈んだことが、国全体に広がった。

 それから三日ほど、ミズハノメ周辺の気温は三十八度を記録したとか。






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