第157話 嫉妬と悪食

「……女なのか?」


 煉の目の前に現れた人物は、服装は少女のようであるが顔立ちはかなり中性的で少年にも見える。

 しかし、日本で言うところのゴスロリのようなフリフリで至る所にリボンが付いた黒いワンピースを着ているところから、煉は少女であると当たりをつけた。


「キヒッ、ヒヒヒッ。僕は、ヴィラン。この国で君を見つけてから、ずっと見てたの。ずっと……ずっと……ずっと……」


 宝石のごとき赤い瞳で煉をじっと見つめ、ヴィランと名乗った少女は怪しく笑う。

 影を落としたような暗い笑顔を浮かべるが、その目は一切笑っていない。

 煉はどこか不気味さを感じた。


「用があるなら手短にしてくれ。正直、あっちの方がやばそうだ」


 煉はイバラたちの方へと目を向ける。

 煉の生み出した焦土の先では、無数の矢が飛び交っていた。

 小さな人影が二つ、その矢の雨を必死に躱している姿が煉の目に映った。

 早くそちらに向かいたい煉だが、目の前の少女も放置できない危うさを感じさせる。

 煉の直感が脳裏に囁く。


 ヴィランも同類だと――。


 そして、現在イバラたちを襲っている何者かも、自分と似た何かを持っている。

 そちらはある程度予想はしていたのだ。

 もしかしたら、そうであるかもしれないと。

 実際に煉の想像通りであるならば、イバラとアイトでは荷が重い。

 そうした思いが煉の心に焦燥感を募らせる。


「彼らが心配……?」

「当然だろ。仲間だからな」

「……ずるいなぁ。ああ、羨ましい……私からは離れようとするのに……僕とは一緒にいてくれないのに……ああ、嫉妬しちゃうなぁ……」


 そう呟くヴィランの足元から、黒い毒のような物が溢れだしてきた。

 凄まじい魔力の込められた毒は景色を変貌させた。

 ヴィランを中心として全方位に広がった毒は世界に侵食し、全ての生物を呑み込み死に至らしめる。

 無機物は溶解され、草木は枯れ果てていく。

 一瞬にして、豊かな草原は死の大地へと移り変わった。


「ちっ! やっぱりか……。お前――継承者だな?」

「そう。僕は嫉妬。世界の全てを羨望し、私の嫉妬の毒で侵食する罪深き魔人。君は、怒りんぼさんかな……? その怒りも、羨ましい。ああ、何もかもが、僕に嫉妬させる。君の声も髪も顔も体も心も、何もかもが……私を……狂わせる……」

「うぜぇ。勝手に嫉妬して勝手に狂って……超めんどくせぇ」

「ああ……その素直な言葉も羨ましい……」


 何を言っても無駄だと判断した煉は、炎を纏い迫りくる毒を焼き尽くした。

 草原の半分が焦土に、そしてもう半分は毒沼に変化したことで、煉は周囲を気にせ力を振るうことができる。

 相手が少女の姿をしていようと、その身に宿す力は煉と同等のモノ。

 それならば、加減をする必要もないというわけだ。

 煉は右腕に炎を纏い、ヴィランへと向かって駆け出した。


「殺しはしねぇ。少し眠っててもらおうかっ!」



 ◇◇◇



「ほう。意外としぶといみたいですね。私の矢をここまで躱しきるとは驚きました。賞賛に値しますよ。まあ、賞賛されたからと言って腹が膨れるわけではありませんが」


 息も荒く体中にかすり傷を作った二人に対して、男は言う。

 賞賛と言っているが、その実褒めているわけではないことは二人にも伝わっている。

 悔し気に唇を噛みしめ、イバラが長杖を支えに立ち上がった。


「その弓の冴え、空腹の訴え、エルフ、やはりあなたは『悪食』グラム、ですね?」

「私のことを知っていましたか。Sランクとして名を馳せたのは懐かしい思い出です。過去の栄光にすぎませんが」

「……お兄さんが、あなたのことをお探しですよ」

「……冗談、というわけではないようですね。兄さんが私を捜索している……つまり、未だ私を殺すことを諦めてはいないと言うのですね」


 殺す、という言葉を聞いてイバラは目を丸くした。

 弟を心配している様子だったクレインが、実の弟であるグラムを殺すとは思えなかったのだ。

 イバラがグラムの認識を改めようと口を開いた時、強大な魔力の波動と共に、地面が大きく揺れた。

 イバラとアイトは、後方の焦土の先を見つめる。

 その視線の先は、地獄絵図のようだった。

 侵食し合う毒と炎。その中心に二つの人影があった。


「なんだよ、あれ……」

「毒と炎……レンさんがっ!」


 イバラが煉の下へと向かおうとするが、疲労により足が思うように動かない。

 その横を、グラムがゆっくりと通り過ぎた。


「どうやら、あちらの方が私の空腹を満たしてくれそうですね。毒は未だに味わったことがありません。期待するとしましょう」




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