第155話 王の気配

 煉は地面に座り込んで、ボーっと空を見上げていた。

 周囲では激しい剣戟が繰り広げられ、さらに魔法が飛び交っている。

 爆発音や衝撃が響き渡るが、煉は何も気にせずボーっとしていた。

 澄み渡る空、穏やかに差し込む暖かな太陽の光、爽やかな風が吹き抜ける緑鮮やかな草原。

 こんな日和にはピクニックをするのも悪くないだろう、そんなことを考えていた。


「……思ったんだけど、ミノタウロスってもっと暗い洞窟とかにいるはずだよなぁ。なんでこんな穏やかな草原にいるんだよ」

「知、らないっ、ですよっ! こんな戦場のど真ん中でボーっとしてるくらいなら、もっと隅に行ってください! 邪魔です!」

「何かあった時に近くに居た方がいいだろう? 安心しろ。手は出さない」

「それを、邪魔と、言うんだ! お前のせいで行動範囲が狭くなってんだよ!」


 アイトの言う通り、煉のせいで二人の行動範囲は限られていた。

 戦場のど真ん中でただボーっとしている煉ではない。

 煉は炎の結界を張り、ミノタウロスを近寄らせないようにしている。

 半径五メートルくらいに広げられた結界は、確かに強力だが、それをど真ん中で行っているため、二人の邪魔をしていた。

 煉の狙い通りミノタウロスは寄ってこないが、二人からの苦情は絶えなかった。


「まあまあ、もしかしたらこういう戦場もあるかもしれないだろ。いい訓練になるなぁ」

「今、することじゃないですよ!」

「こんな切羽詰まっている時にやる必要ないだろ!」

「こっちばっかり向いてないで、ほら、そろそろジェネラルが動くぞ~」


 煉の視線の先では、体長三メートルは越えている黒いミノタウロスが、他のミノタウロスを率いて進軍を始めていた。

 これまで二人が相手をしていたのは、おそらく斥候の役割を持っていたのだろう。

 しかし、明らかに統率された動きのミノタウロスに二人は苦戦を強いられた。

 これからさらに数は増す。

 圧倒的な物量差に、二人の顔は引き攣っていた。


「……数がおかしくないですか? ジェネラルが五体いる気がするんですけど」

「そうだな。イバラちゃんの言う通り、ジェネラルらしきミノの数が多いな」

「ああ、そういえばさっき感知した時、やたらと強大な魔力の奴が一体居たな。もしかしたら、キングでもいるんじゃねぇか?」

「「…………」」

「ん? どうした、二人とも。そんな顔で睨んで」

「キングって……私たちの手に負えないんですけど」

「Dランク冒険者が相手になる魔獣じゃないんだが」

「谷に居た奴よりは弱そうだぞ」

「「そう言う問題じゃない――!!」」


 二人の怒号に、ミノタウロスたちの雄叫びが重なる。

 地面が揺れるほどの轟音に、三人は耳を塞いだ。

 そして、ミノタウロスたちの突進にイバラとアイトは顔を青くした。


「これはちょっと……」

「想定していたのと違う……」

「はぁ……。仕方ないな」


 煉は徐に立ち上がり、二人の少し前に出た。

 迫りくるミノタウロスを前に、煉は膝を突き右手で軽く地面に触れる。


「まとめて呑み込め――――〈獄炎波インフェルノ〉」


 煉の前方に大きな炎の津波が発生した。

 灼熱の津波はミノタウロスの巨体を軽々と超え、後方のジェネラルミノタウロスまでもを呑み込んでいく。

 そして、ジェネラルよりも一回り大きく、地面に座り込んだミノタウロスの手前で炎は消え去った。

 圧倒的な存在感を遠くからでも感じる、そのミノタウロスは動揺することなくただこちらをじっと見ている。 

 周囲の景色は一変、穏やかな草原は一瞬にして焼け野原となった。

 煉の後ろで、二人は呆然としている。


「これは……やりすぎじゃ」

「なんであれだけ残って……まさか――」


 何かに感づいたアイトはハッとして、煉を見た。

 煉はニヤリと笑い、二人を見て楽しそうに告げる。


「キングだけは残しておいたから。これなら何とかなるだろ? 大丈夫だって。もし、何かあっても俺がいるし。安心して、戦ってこい」






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