挿話 手合わせ
これはある日の早朝の、まだ日も昇り始めた頃。
人気のない砂浜での事。
カンッ、と軽い音と共に何かに弾かれたように倒れる人影があった。
「ほい。これで、二十勝目。まだまだだな~」
「くそっ。今のいいと思ったのに」
朝日に照らされた深紅の髪が潮風に揺られている。
その見た目のそぐわぬ人懐っこい笑みを浮かべているのは――――煉だった。
対して、砂浜に座り込み悔し気に煉を見上げているのは、鮮やかな金の髪と相まって優し気な雰囲気を纏った青年――アイトだ。
彼らは早朝の砂浜で何をしていたのか。
彼らの足跡と、お互いに手に持っている木剣を見て想像がつくだろう。
そう、彼らは剣による手合わせを行っていた。
いつの日だったか、アイトが強くなるため煉に手合わせを求めたことがあった。
それから二人は、早朝の人気のない砂浜にて手合わせをしているのだ。
「単調すぎるんだよ。型にハマった通りの動きじゃ次の手が読まれやすい。意外性がないとな。……殺し合いなんかは特に、な」
「剣で殺し合うなんて、したくなかったんだけどな……。今となってはそうも言ってられない。せっかくこんな良い剣をもらっちまったんだからな」
そう言って、アイトは腰に下げた精霊聖剣イーリスを抜剣。
金色の刀身が朝日を浴びて、七色に光り輝く。
聖剣に本来備わっている聖なる力と精霊特有の魔力が込められたイーリスは、他の聖剣にはない力を持っているのだが、未だアイトは使いこなせていなかった。
魔法大好きなアイトであるが、聖剣に込められた精霊の魔法の解読もままならない状態である。
精霊魔法の解読と並行して、アイトは元々センスのみで扱っていた剣技をさらに鍛えるため、煉に手合わせを頼んだのだ。
「せめて、俺に一太刀くらい当ててくれるようになってくれないとな。やりがいがないだろ」
「無茶言うな。身体能力からすでに桁が違うんだぞ。煉に一太刀当てるとか……」
想像するだけで、アイトは苦い顔をした。
煉へ一太刀当てられる想像ができなかったのだ。
「そんなもん、技術でどうにかしろよ。剣術ってのはそのためにあるんだぜ。自分よりも強大な相手を洗練された術理で圧倒する。
俺の師匠が言うには、『自分よりも強い相手に勝ってこそ一人前。己の固い信念が、何よりも剣を昇華させるのだ』とかなんとか。
まあ、要するにだ。絶対に勝つって気持ちだけは捨てるなってこと。ほら、続きするぞ~」
「ああ、もうっ! やってやるさ! ぜぇったいに、一泡吹かせてやるからな!」
「お~、頑張れ~」
「ムカ……ッ。 そのへらへらした顔やめろ! 超うぜぇ!」
アイトの勢いのある踏み込みによって、再び彼らの手合わせは始まった。
何度倒れても、立ち上がり戦い続けるアイト。
そんなアイトとの手合わせをしている煉の表情は、どこか楽しそうだった。
端から見たら、手合わせと言うよりじゃれ合いのようだが。
二人のじゃれ合いは、朝食の準備を終えたイバラが呼びに来るまで続いた。
アイトの右手に、薄っすらと金色の炎が宿ったことに気づいた者は、誰もいなかった――。
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