第152話 温泉と不思議な少女?
クレインの依頼を受けてから数日、煉はイザナミで観光をしつつ、「死界」についての文献探しや空中庭園についての情報集めをしていた。
しかし、特にこれといってめぼしい成果を得ることはできず、ただイザナミの街を楽しんでいただけだった。
「まあ、こればっかりは仕方ねぇよなぁ……」
「仕方ねぇって……ここに来てからほとんど温泉入ってるだけじゃねぇか」
イザナミの名物の一つ、温泉。
自然に湧き出た天然の温泉を街全体で入れるように整備し、有料で誰でも利用することができる。
なぜかイザナミの温泉には、疲労軽減だけでなく、魔力回復や怪我の治癒効果など、異世界特有の効能があり、イザナミを拠点にしている冒険者は足しげく通っている。
「仕方ないんだってぇ~。あ~、極楽~」
「気持ちはわかるが、やることがあるだろ。空中庭園へ行く方法とか、空中庭園の攻略法とか」
「誰も攻略してないのに、攻略法なんてあるわけないだろ。そもそも、空中庭園に辿り着いた者さえいるかどうか定かではないんだ。何一つ手がかりもないぞ」
「破魔の空中庭園」とは、ただ空を飛ぶだけでいけるほど簡単ではない。
侵入者撃退のための仕掛けとして、古代魔法による砲撃がある。
単純に空から向かうのとは得策ではないことがわかった。
さらに半径百メートル圏内では、魔法さえ発動することができない結界が張り巡らされている。
魔法が使えなくては空を飛ぶことさえ叶わない。
だからこそ、然るべき手順があると推測したのだが、未だその手掛かりを掴めず、死界の情報収集は難航している。
「ただ、単純な時系列はある程度分かったさ。今後はその通りに攻略していこうと思う」
「時系列って、ミユがくれたヒントのことか?」
「ああ。簡単に言えば、死界の発生時期順に探索を進めていく。それについて書かれている文献も曖昧だけどな」
「へぇ。それでいくと次は?」
「近場でよかったと思うか、はたまた仕組まれたかは知らんが、次は空中庭園だ。だからこそ、手掛かりを見つけなければならないわけだ」
「それなら、サボっている場合じゃないな。とっととギルマスからの依頼を終わらせて、早く空中庭園に向かおうぜ!」
空中庭園に行くためなら、どんなことでも厭わない。
アイトのそんな思いが目に見えて伝わってくる。
「それもそうだな。早いとこ悪食さんを見つけて、自分の旅を進めたい。だが、この快楽には抗えないぃ……」
と、温泉に浸かり、ふにゃふにゃになった煉が、温泉から上がったのはその二時間後だった。
◇◇◇
煉たちのいる露天風呂と竹垣を挟んで隣の女子風呂。
イバラも煉同様、温泉に浸かり完全にリラックスしていた。
「ふぅ……。これは良いものですねぇ~」
そんなことを呟きながら、絵に描いたような満点の星空を見上げた。
周囲の女性冒険者たちが、イバラを見てひそひそとしているが、特に気にならなかった。
おそらく、イバラの額にある小さな角を見ているか、もしくは「炎魔」として有名な煉のパーティーメンバーであることを妬まれているのかもしれない。
しかし、そんな視線には慣れたものである。
これまでいろいろな街を旅してきたのだから、イバラも様々なことを経験してきた。
特に、こういう時は基本あちらから関わってこないことを理解している。
そのため、いつも無視を決め込んでいるのだが――――。
「――ねぇねぇ」
一人、イバラに声をかけてきた。
イバラと同じくらい、それよりも小柄な幼い少女。
いや、少年と言っても違和感のないほど中性的な容姿でイバラは戸惑った。
さらに、声も少年のようで判断がつかない。
しかし、女子風呂にいるということで、イバラは少女だと思うことにした。
「なんでしょうか……?」
「君は、あの人と、一緒にいる女の子?」
「あの人って……レンさんの事ですか?」
「んー、たぶん、そう。紅い髪の男の子」
「それはレンさんですね。仲間として共に旅をしていますよ」
「そっかぁ。いいなぁ……羨ましいなぁ……それは、嫉妬しちゃうなぁ……キヒヒッ」
と、小さな声で呟くと、その少女はどこかへと去って行った。
何を聞きたかったのか分からず、イバラは戸惑いを隠しきれないでいた。
辛うじて聞こえた少女の笑い声と、ルビーのような赤い瞳がしばらく頭から離れなかった。
イバラは気にしないようにして、温泉から上がったのだった。
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