第150話 悪食
「弟……?」
クレインからそう言われ、煉は少し意外に思った。
私情を挟むような人間には見えなかったのだ。
「意外か? 私だってギルマス以前に一人のエルフだ。たった一人の家族くらい大切にする。それとも何か、私が血も涙もない極悪エルフだと思っていたのか?」
「そうだな。どちらかと言えば、そのほうがしっくりくる。いきなり魔法で殺しにかかってくるようなエルフだし」
「バカ言え。あれでも加減していたんだ。それに、Aランク冒険者の実力を測るにはあれくらいで丁度いいだろ」
クレインは悪びれもせず、ふんぞり返ってそう言った。
そんな態度を取るクレインを、煉はジト目で睨み指先に小さな火球を生む。
そして弾丸を越える速度で撃ち出した。
しかし、クレインはそれを手を振るだけで払い除けた。
「ふんっ。これでも私は元Sランクだ。そんな豆粒で今さらどうこうできると思うなよ」
「……火傷してんじゃん。ただのやせ我慢かよ」
「……」
クレインは言葉もなく黙り込んでしまった。
よく見ると、クレインが火球を払った手は赤く腫れあがり、水ぶくれのような物が出来ていた。
そこらの魔術師の使う魔法と違い、煉の火球は高熱で激しく燃え上がる。
想像以上の熱量と威力を素手で振り払ったのだ。
そしてクレインは両目を吊り上げ、煉を睨みつけた。
「いきなりこんな高熱の火球を高速で撃ち込むんじゃない! 非常識だぞ!」
「いや、何かイラっとしたから……」
「それだけのことで何たる仕打ち! これでも私はギルマスだからなっ!」
「あの……弟さんのお話をしてくれませんか?」
イバラの言葉で二人が静かになった。
未だに本題に入っていなかったことを思いだしたようだ。
クレインは冷静になり、イバラの言う通り弟について話始めた。
「私の弟は十歳ほど下の子だ。エルフにとってその程度人間で言う一つ下の弟と何ら変わりない。故に私たちはどのエルフの兄弟姉妹よりも仲が良かった。二人で冒険者になる程にな」
「弟も冒険者なのか。なら、探さなくてもどこにいるかわかるんじゃないか? 依頼の受注記録とか、ギルドカードとか」
「あいつはすぐ物を失くすから、ギルドカードは私が管理している。そして依頼だが……ここ数年一度も受けていない」
冒険者が依頼を受けないということは、怪我で引退もしくは冒険者生活に疲れたか、どちらかである。
しかし、クレインの表情を見る限り、おそらくそのどちらでもないのだろう。
何かの事情があって受けられないというのなら、それはクレインが知っているはずだ。
弟探しを依頼するからには、クレインも知らない何かがあるのだと煉は察した。
「いつの頃からか、クレインは常に空腹を訴えるようになった。どれだけ飯を食わせても足りないと言い、常に何かを口にしていないと落ち着かない様子だった。
そしてある日、一人でどこかに出かけて行った弟についていった私は目撃した。討伐した魔獣の死骸を吸い込むように食しているところを。それ以来、弟は何でも食べるようになった。魔獣も、魔法も、武器も、無機物であれば文字通り何でもだ。
そうしてついた弟の異名は――――『悪食』」
その言葉に反応を示したのはイバラだった。
「『悪食』って、あの有名なSランクの……?」
「そうだ。『悪食』のグラム。それが弟の名だ。どちらかと言うと恐怖と共に語られるようになってしまった冒険者だ。本来、心優しきエルフだったのだが、感情が空腹に支配されているみたいだ。このままではグラムはエルフではないただの怪物になってしまう。だからその前に見つけてほしい。頼む、この通りだ」
クレインは煉とイバラに対して深く頭を下げた。
ギルドマスターが一介の冒険者に頭を下げるなど、滅多にない。
それほど、クレインにとって弟のグラムは大切な存在ということなのだろう。
そんな中、煉の思考はどこか別のことを考えていた。
そして、煉の出した答えは――。
「いいぜ。その依頼、この俺が承った。少し気になることもできたしな」
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