第145話 約束を交わし、転送帰還。その一方で
「……そうか。後は自分で見てくるさ。せっかくの長い旅だしな」
「そうするといいわ。彼も、世界中を旅していろいろなものを見たって言ってたもの。きっと楽しいはずよ」
ミユは寂しそうに顔を伏せた。
その表情に感化され、煉は思ってもなかったことを訊いた。
「あんたは、ここから出ないのか?」
本来精霊とは自由な存在。
数が少ないとはいえ、大陸中に精霊樹が存在する限り、どこにでも行くことが可能だ。
しかし、目の前にいる大精霊ミユは、おそらくこの花畑から出たことはないのだろう。
ふと、そんなことを煉は思った。
「私? 私は……出れないわ。役割を与えられた精霊だから。この森で、この花畑の管理者として、そして彼の言葉を伝えるものとして、私はここにいる。それが、私が精霊として生まれた意味。たとえ、精霊が自由な存在だとしても、私はこの不自由を愛しているの」
ミユはとびきりの笑顔でそう言い切った。
その言葉に迷いや嘘はなく、強がりでそう言っているわけではない。
役目によって自由なはずの精霊が縛られたとしても、彼女はむしろそれを誇りに思っているようだった。
「彼は何も持たずに生まれた私の存在に意味を与えてくれた。とっても素敵なことだとは思わない? 私はすごく嬉しかったわ。だから、私は私の使命を全うするだけよ」
「そっか。それじゃ、次来るときは面白い話でも聞かせてやるよ」
「え……?」
「そうですね。ドキドキハラハラな大冒険をして、ミユさんを楽しませてみせます!」
「また……来てくれるの……?」
「つ、次来るときは、あんな深い霧の迷路じゃなくて、ここに直通にしてほしいけどな」
「…………」
ミユの頬を一筋の滴が伝う。
それを見た三人はオロオロとし始めた。
ミユの脳裏に思い起こされるのはいつかの記憶。
前にも、煉たちのようにまた来ると言った人たちがいた。
――お前さん、ずっとここに一人で寂しいだろ? 俺たちの旅が終わったらまた会いに来るぜ
――次はもっとすごい魔道具を作ってきますね。楽しみにしていてください!
――生まれたばかりの私の狼ちゃんたちを置いていくわ。これからもっと過酷な旅になるもの、連れて行けないわ。ちゃんと可愛がってあげてね。
遠い過去の記憶に残っている彼らが、再び訪れることはなかった。
しかし、確かにそう約束を交わしてくれたことは間違いない。
その約束が、今再び交わされることが、ミユはとても嬉しかった。
そしてミユは、涙を拭って小指を三人の前に立てた。
「…………約束、だからね。私、ここで待ってるから。楽しみにしてるわ」
三人はお互いに顔を見合わせ、笑う。
ミユと同じように小指を立て、四人で指を絡めた。
「約束は守らないとな」
「ですね。絶対に破りません」
「こんな約束、破るわけにはいかねぇわな」
そうして、三人はミユにここに来るまでの旅の話をした。
精霊樹の付近では明るい笑い声が響き、四つの華やかな笑顔が咲き誇っていた。
そして――。
「そろそろ、終わりにしましょう。貴方たちは向かうところがあるでしょ」
「ああ、そうだな。また旅に出る」
「帰りは転移陣で送ってあげるわ」
ミユが手をかざすと、精霊樹の根元に青く輝く魔法陣が浮かび上がってきた。
「さあ、乗って」
ミユにそう言われ、三人は魔法陣に足を踏み入れた。
三人が乗ったことで、魔法陣が放つ光が強くなる。
光が三人の体を包み込み、徐々に周囲の景色が消え始めた時、ミユが急に思い出したかのように告げた。
「そうそう、その転移陣ね、どこにいくか分からないから」
「「「――――は?」」」
そう言ってミユは、ペロリと舌を出して悪戯が成功したとおどけてみせた。
転移間際、煉の叫び声が微かに残った。
「ふざけん――」
途中で途切れた煉の声が消え、静寂が広がる。
一人残ったミユは小さく呟いた。
「……レン、イバラ、アイト。君たちならいずれ大業を成し遂げると信じてるよ。――頑張れ」
◇◇◇
そして、煉たちの転移した先は――――雲の上だった。
「「「あああああああああああああ――――!!!」」」
大空から墜ちていく中、三人の叫び声が青い空の下に木霊した。
◇◇◇
――『幻死の迷森』上空。
そこには未だ二人の天使の姿があった。
退屈そうにあくびを噛みしめているウリエル、同じく退屈を紛らわせるため読書に勤しむラファエル。
煉が出てくるのを今か今かと待ち構えているが、一向に出てくる気配はなかった。
完全に待ちぼうけ状態である。
「…………」
「…………」
「「…………帰りたい(です)」」
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