第143話 大賢者の伝言

 座りこむ煉の下へイバラが急いで駆け寄ってきた。


「レンさん! けがっ……左手見せてください!!」

「ちょっ、痛いって。そんな慌てなくても死なねぇよ」

「そういう問題ではないです! またこんな無茶をして……」


 イバラは出血により赤く染まった煉の左手を見て、顔を歪めた。

 煉は自分の炎で傷口を焼きすでに止血は完了していたが、掌の中心には大きな穴が開いている。

 魔槍や魔剣によって付けられた傷は治り難いと言われ、それこそ聖女クラスの回復魔法をかけてもらわなければならない。

 今のイバラにそこまで高度な回復魔法は使えない。

 それでもイバラは煉の左手に回復魔法をかけ続けていた。


「……私ではこの傷を治すことはできません。気休め程度でごめんなさい」

「そんなに気にするなよ。魔将軍相手にこの程度で済んでよかったさ。もっと強くならなきゃな」

「まだ強くなるんですか? 私が追いつけなくなってしまうじゃないですか」

「まだまだ強くなるぞ。あれに苦戦しているようじゃ、目的を果たせないかもしれないからな。イバラも……スコルと契約するんだろ?」

「……そうですね。泣き言を言っている場合じゃないです。絶対にレンさんに追いついてみせますから!」

「ああ……」


 そうして二人は笑い合った。

 そんな二人の下へ、アイトはゆっくりと近づいてきた。

 悔し気な表情を浮かべ、噛みしめた唇からは血が滴っている。


「……レン。俺は……ただ見ていることしかできなかった。仲間なのに、何もできずにただ……」

「お前も、そんな顔してんじゃねぇよ。悔しいって想いがあるなら、アイトも強くなるさ。あとはお前次第だ。そうだろ?」

「わかってる。レン、俺はお前をひとりでバケモノになんてさせはしないぞ。いつか、お前より強くなってやる」

「ははっ。いいねぇ。そう来なくっちゃな」

「これから、時間があるときは手合わせをしてくれ。俺の踏み台にしてやる!」

「言ったな? 絶対に負けねぇからな」


 互いに拳をコツンと突き合わせた。

 仲間としてより絆を深めた二人。

 側でイバラは、やれやれと呆れたように首を振っていた。

 そんな時、突如強い風が煉たちを襲う。

 こんな深い森の中でありえない突風に、三人は一様に目を閉じ顔を伏せた。

 一瞬で過ぎ去っていった風が止み顔を上げると、景色ががらりと変わっていた。

 視界を埋め尽くすほどの花畑に、神聖な光を放つ精霊樹。

 精霊樹の下では、大精霊ミユが笑みを浮かべて立っていた。


「お疲れ様。貴方たちのおかげでこの聖域が守られた。幻覚を見せられていた冒険者たちも皆正気に戻ったみたい。ただ……幻覚に取り込まれた者の意識はもう戻らない。彼らを助けてあげられなくて心苦しいわ」


 悲し気に顔を伏せた。

 感情豊かなミユの悲痛さがイバラとアイトの心を揺さぶる。

 しかし、そんな中でも一人空気を読まない男が――。


「約束は果たしたぞ。大賢者の伝言とやらを教えろ」

「どうして、そんなに、空気を読まないんですかっ!!」

「ふふっ。いいのよ。彼が急かす気持ちもわかるもの。それと……これはオマケよ」


 ミユが手を前に出すと、煉の体が光に包まれていく。

 暖かく眩しい光に三人は目を細めた。

 そして光が収まると、魔槍によって付けられた煉の傷が跡形もなく消えていた。

 煉は左手を開いたり閉じたりして、感触を確かめた。


「へぇ。やっぱり大精霊ってすごいんだな」

「当たり前でしょ。――――そうそう。そこの鬼の子にも種をあげたわ。どうやらスコルに気に入られたみたいだし、その種が芽吹いた時、あなたはスコルと契約するに値する力を得るはずよ。精進なさい」

「あ、ありがとうございます!」


 イバラが深々と頭を下げ、ミユは微笑んだ。


「そろそろ本題に入りましょう。彼の伝言を伝えるわ」


 ミユがそう言うと、緊張感が漂ってきた。

 煉もごくりと唾を飲んで緊張している。

 そして大精霊ミユは、大賢者の残した伝言を厳かに告げた。


「『六の世界を渡りし者にその知恵を授ける。最果ての底にて我の叡知が眠る』。

 聞きたいことがあるならどうぞ。私が知っていることであれば何でもお話しするわ」






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