第142話 お預け

 パイモンとの戦闘は一進一退を繰り返していた。

 互いにこれまで大きなダメージを負ってはいないが、二人の体は少しずつかすり傷を増やしていく。

 しかし、拮抗していた戦況が徐々に変化していった。

 二本の槍を自在に振り回すパイモンの攻撃を、大剣を構えた煉が処理しきれなくなっていたのだ。

 煉の表情にも焦りの色が浮かんでくる。


「くっ――」

「どうした!? その程度かっ!!」


 パイモンの短槍が煉の左肩を大きく抉った。

 熱を帯びた痛みに煉は顔を歪める。

 そして一度態勢を立て直そうと、パイモンへと〈炎波〉を放つ。

 しかし、パイモンは迫りくる炎を物ともせず、槍を構え距離を詰めてきた。

 予想外の行動に、煉の思考は一瞬止まった。

 その刹那の時間が、大きな隙を生んでしまった。


「――――もらったぞ!」


 パイモンの長槍が煉の心臓を正確に狙う。

 絶対絶命の窮地に陥る煉。

 だが、その槍が煉の心臓を貫くことはなかった。


「な――っ!?」

「「レン(さん)!!?」」


 煉は咄嗟に左手を出して刺突を逸らした。

 想像を絶する痛みを堪え、掌を貫通した槍を掴み引き寄せ、今度は逆に煉が距離を詰めた。

 そして煉はパイモンの頭上から大剣を振り下ろした。

 パイモンは長槍から手を離し、紙一重で転がるようにして大剣を躱す。


「ちっ。チャンスだったのに」

「自らの身を犠牲に我を殺しにかかるとは……驚かされるものだ」

「生き残るためなら、何だってするさ」


 そう言って煉は掴んでいた長槍を焼き尽くした。


「ふむ。魔槍さえも焼き尽くすとはな。危うく我も炎に焼かれていたわけか。だが、我の愛槍を燃やした罪は重いぞ」


 パイモンは新たに魔短槍を取り出した。

 二振りの短槍を前に煉は大剣のままでは勝てないことを悟る。

 攻めあぐねていた折、煉の脳裏に幼い少女のような声が響いた。


 ――煉の望むままに。


 その声を聞いた瞬間、『紅椿』が形を変える。

 大剣だったものは一瞬にして炎へと分解され、そして二振りの小太刀となった。


「むっ。形を変える武器とは奇怪な」

「ははっ。これでやっと追いつけるなぁ!」


 二人は同時に地を蹴り、駆け出した。

 ぶつかり合う小太刀と短槍。

 先ほどまでとは打って変わり、戦闘スピードが格段に上がる。


「その手でよく剣を持てるものだな。その我慢強さは称賛に値する」

「どうした? 柄にもなく焦ってるみたいだが?」


 戦況は大きく変化していた。

 同じ手数、同じ速度で繰り出される二人の武器。

 しかし、パイモンの魔槍は『紅椿』の熱量に耐え切れず溶け始めていた。

 槍をぶつけ合うたび、槍を消耗していく。

 そんな状況がパイモンに焦燥感を与えていた。


「くっ! これで……終わらせるぞ!」


 煉に向け蹴りを放ち距離を取ったパイモンは、後退する煉へ持っていた槍を投げた。

 そして魔力を練り魔法を紡ぎ始めたが、煉の方が一歩速かった。

 飛来する槍を受け流した煉は一瞬にして距離を詰め、二振りの小太刀を一閃。

 パイモンの全身を切り刻んだ。

 しかし、煉は違和感を感じた。斬った感触が無かったのだ。

 次第にパイモンの姿は霧化して散っていく。


「〈幻身の術〉だ。見事に騙されたようだ。我がここまで楽しめる人間はそういまい。死後の世界にて誇るが良い。さらば」


 煉の真後ろに二本の短槍を携えたパイモンの姿。

 がら空きの背にパイモンは槍を突き出した。

 的確にとらえた心臓の感触に満足した表情を浮かべた。

 後方からイバラとアイトの悲鳴が響く。

 その悲鳴が戦闘の終了を告げ、パイモンは槍を下げた。



 ――――これまでにない、大きな隙が生まれた。



「なっ!?」


 貫いたと思った煉の体が炎へと変化した。

 完全に油断していたパイモンの後ろを取った煉は、さらに通常の太刀へと形を変えた『紅椿』を構え、静かに告げる。


「花宮心明流一の太刀〈山落とし〉」

「ぐっ――ぁぁっ!」


 咄嗟に体を逸らしたパイモンもさすがと言えよう。

 頭上から振り下ろされた刀は、パイモンの左腕を斬り落とした。

 転がるようにして距離を取るパイモンに、煉は追撃をかけることができなかった。 

 二人とも体力の限界を迎え、荒い呼吸を繰り返していた。

 煉も『紅椿』を支えに立っているのがやっとだった。


「……なぜ、貴様が生きている……」

「はぁ……はぁ……。〈炎分身アルターエゴ〉だ。どうやら同じことを考えていたみたいだな」

「くっ! この我が、功を焦るとはっ。我をここまで追い詰めるとはな。貴様――レンと言ったな。その名、覚えておく。次に相見えたとき、必ず我が手で殺す。それまでこの勝負、預けておくぞ」

「あっ!? てめぇ、待ちやがれっ!!」


 そう言葉を残し、パイモンの姿は霧となって消えた。

 仕留めきれなかったことで煉は悔し気に歯を食いしばる。

 悔しさ交じりに叫んだ煉の声が、森の中を木霊した――。






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