第138話 最深部
「残念ですが、今はお別れです。もっと強くなっていつかまた会いに来ます。その時まで待っていてくださいね」
スコルの毛並みを十分に堪能したイバラが寂しそうに目を伏せる。
スコルはしょんぼりとした様子で来た道を引き返していった。
途中でスコルの遠吠えが深層の森に響いた。
その声はどこか悲し気で、イバラは胸が締め付けられるような思いを感じた。
そんなイバラの頭に大きな手がポンと置かれる。
「会いに来るって約束したんだ。守らないとな」
「当然です。すぐに戻ってきます。あのモフモフはもう私のものです」
「…………相手がスコルだって理解してるか? 世界的に見れば、とんでもないことだからな。スコルとの契約なんて、イバラちゃんも化け物の仲間入りか」
「なんて失礼な。私をレンさんと同じカテゴリーにしないでください」
「さりげなく俺を化け物にカウントするな」
煉がジト目でそう言うと、二人はありえないモノでも見たかのような顔で煉を見る。
お互いに口元を隠し、こそこそと小声で話し始めた。
(自覚無しだぞ)
(いつもの冗談でしょう。まさか、レンさんが自覚ないなんてそんな)
(しかし、あの顔だぜ)
(確かに……これが本当なら大問題ですね)
「そんな顔でこっち見てたら、話聞こえなくても何言ってるか想像つくぞ」
「ははっ。何でもないさ。気にするな」
「そうですね。レンさんが気にするような話ではありませんので」
イバラとアイトのわざとらしい棒読みにため息を吐く。
そして煉はアイテムボックスから、緑の液体が入った試験管のような細い瓶を取り出しイバラに投げ渡した。
「一応飲んどけ。多少は回復するはずだから」
「えっ……これ、ポーションですか? 明らかに美味しくなさそうですね。初めて見ました」
「ポーションてそんなもんだろ。ていうか、ポーション初めてとか、冒険者としてどうなんだ……」
「俺たちにあんまり必要なかったからな。使う機会がなかっただけだ。もしものためにちゃんと準備はしてあるさ」
同じものをアイトにも投げ渡し、煉も自分の分を飲む。
嫌そうな顔をして一瞬ためらったが、勢いで何とか三人とも飲み干した。
そして飲み終わった時、三人は声を揃えて言った。
「「「まっず……」」」
ポーションは基本薬草を煎じ、回復魔法と水魔法の併用で液状化させた物である。
つまり、回復効果を持つただの薬草水なのだ。
「何度飲んでも、これは慣れねぇ……」
「こんなに美味しくないなんて。私、ポーション使わなくて良いくらいに強くなりますね」
「こんなものでも、ちゃんとした商品としての価値があるからな。世も末だな……」
三人は、それぞれどこか遠くを眺めていた。
気を取り直すため、煉は自分の頬を叩く。
パチンと小気味良い音と共に、煉の思考は切り替わる。
「それじゃ、行くか。もうすぐそこみたいだしな」
「わかるのか?」
「魔獣の相手をしながら移動をして、適当に見つけた広場だったが、案外深層は狭いみたいだ。スコルが現れた時点で確信した。スコルはおそらく最深部にある何かを守護する存在なんだろう。それを守るために、周囲を徘徊しているとしたら」
「スコルは最深部のすぐ側にいるはず」
「そう言うことだ。確実に魔族がいるはずだから、油断するなよ」
「了解です」
「な、なんだか緊張してきた……」
煉が歩き始め、そのあとをイバラ、顔の強張ったアイトが付いていく。
そしてしばらくして、視界の先には霧が晴れた広場。
そこが最深部なのだろう。死界とは思えないような光景に思わず頬が緩む三人。
広場の中心には、途中で見た精霊樹よりも巨大な樹が生えている。
その巨木を囲むように泉が広がり、おそらく多くの魔獣や動物たちの水場なのだろう。
穏やかな風景の中、明らかに景色と合わない者たちの姿が目に入る。
羊の角と蝙蝠の翼の生えた黒い肌の魔族が数人、三叉の槍を持ち、何かを守るように立っていた。
魔族たちの中心には魔力を発している魔道具のような物が地面へと設置されていた。
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