第137話 スコル
スコルの吼声により、アイトらの周囲を囲っていたエイプは狂乱した。
恐怖により、叫びまわり失神して樹から落ちてくる。
何とか意識を保っているエイプもいるが、その体は激しく震えていた。
スコルは周囲を睥睨し、前足で地面を叩いた
すると、少し地揺れが起こったかと思うと、地面が隆起し全てのエイプを串刺しにする。
ほんの一瞬のことだが、二人は理解するのに時間がかかった。
「嘘……だろ……」
「レンさんが戻っても、私たちが生きているかどうか……」
二人の心は完全に恐怖に支配されていた。
スコルという”天災”を前に、成す術もなく呆然とする。
ただスコルから目を離すことができなかった。
しかし、スコルはイバラから視線を逸らすことなく、少しずつ近づいてくる。
そして膝をついているイバラの目前に迫った時、頭を下げ地に伏せた。
「「えっ?」」
なぜスコルがイバラに対して頭を下げたのか。
なぜ自分たちを殺さないのか。
二人は激しい動揺で考えることすらできなかった。
ただ時間だけが過ぎていく。
その時、スコルとは反対側からのん気な声が聞こえてきた。
「うわっ。なんだこれ。大量のゴリラが死んでる。お~い、大丈夫か~?」
待ち望んでいた、二人の救世主。
煉がその場に戻ってきた。
二人は声が出せず、顔を向けることさえできないが、緊張感だけが漂っていた重苦しい空気が少し和らいだ。
そして煉は、スコルの存在に気付く。
「おー……お? デカい狼じゃん。カッコイイな!」
「れ、レンさんや……もう少し危機感というものを……」
緊張感の欠片もない煉が現れたことで、アイトはようやく声を発することができた。
「危機感って言ってもなぁ。そいつ、戦意ないぞ」
「だとしても、スコルだぞ」
「ああ、スコルか。道理で迫力あると思ったわ」
「迫力って言葉で済むレベルじゃないだろ」
「前にスコルと同格の魔獣と対峙してるから……まあ慣れだな」
煉は平然とそう言ってのけるが、本来慣れるようなものではない。
そう叫びたい衝動に駆られるアイトだが、変な行動をとるといつスコルが襲ってくるか分からないため、グッと我慢をした。
そして煉はイバラに近づき、結界の魔道具を解除した。
「体は大丈夫か?」
「大丈夫……とは言い難いですね。どうして結界を解除したのかお聞きしても?」
「こいつが待ってるから。少し撫でてやれよ。どうやらイバラが気に入ったらしい」
「私のことを………ですか?」
イバラは不思議そうに小首をかしげスコルを見る。
凶悪な顔つきに、視線のみでそこらの魔獣は殺せそうな迫力がある。
しかし、今イバラの前にいるスコルの目は何かを待っている犬のような目をしていた。
威圧感とのギャップにイバラは可愛らしさを感じた。
「で、では……失礼します……」
恐る恐るスコルの頭に手を伸ばし、ピンと立った耳の間を優しく撫でる。
ダークグレーの毛並みは見た目通りフワフワのサラサラで、思わず笑みがこぼれる。
スコルも気持ちよさそうに目を細め、大きな尻尾が左右に揺れている。
アイトは呆気にとられたようで、口を開け驚愕していた。
「どどど、どうなってんだ!?」
「さあな。だが、ある文献の一説によれば、かつてのスコルには契約者がいたと記されている。スコルと契約できるような人間なんて稀有な存在だったみたいだから情報が少ない。それでも、契約者がいたならこんな感じだったんだろうな」
煉は、イバラに撫でられているスコルを見て思った。
凶悪な巨狼がただの飼い犬のようだと。
幸せそうにスコルを撫でているイバラは、煉の方へと振り返り声をかけた。
「レンさん」
「ダメだな」
「まだ何も言ってないですよっ!」
「契約して一緒に旅をしたい、だろ? ダメだ」
「どうしてですか!? こんなにもっふもふで可愛いのに」
「それは確かに魅力的だ」
「魅力的なのかよ……」
疲れ切った表情でツッコむアイトを無視し、煉は真剣な目でイバラを説得する。
「今のイバラじゃダメだ。圧倒的に魔力が足りない。魔獣との契約はある種の縛りだ。契約した魔獣の力を制御し使いこなす技量、魔獣が暴走しないよう抑え込むための力。スコルほどの魔獣となるとかなりの魔力が必要になる。だから、今のイバラじゃダメだな」
「そんな……。あとどれほどあればいいんですか?」
「今の魔力量の三倍は必要だ。あと、魔獣契約の方法を知らない。名付けだけじゃなかった気がするから、それも調べてからだな」
「三倍…………わかりました。私、頑張ります」
イバラは両手をグッと握り意気込む。
そんなイバラを応援するかのように、スコルはイバラの頬を舐めた。
そしてまた二人はじゃれ合い始める。
「美少女とモフモフ………………良きかな」
「何言ってんだ、アイト。その目、犯罪者みたいだぞ」
「言いすぎだ。俺だって傷つくんだからな……」
煉とアイトは、じゃれ合う二人を眺め一息ついたのだった。
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