第135話 深層の洗礼
――――『幻死の迷森』深層。
酷く鬱蒼とした森で足場や視界が悪い中、さらに深い霧に包まれていることで数メートル先の様子すら視認できない。
その上、深層ではこれまで以上に危険な魔獣が大量に生息し、視界不良の中を駆け回り常に獲物を狙っている。
並大抵の冒険者では太刀打ちできず、魔獣の存在すら感知できず気づいたころには魔獣の猛威を受け地に伏していることだろう。
そう、並大抵の冒険者であれば――。
「――ふっ!」
刀を真横に一閃し、飛びかかってきた虎の魔獣の首を斬り落とした。
深層へと足を踏み入れてから、休む暇なく煉たちの下へ魔獣が押し寄せてきている。
魔獣の対応により、三人は足を止め迎撃せざるを得なかった。
「レンさん。二時の方向、ランドドレイクです」
「…………Sランクの亜竜種か。いつになったら終わるんだ」
「半径五十メートルの範囲に魔獣はいません。おそらく次のランドドレイクで最後です」
「ふぅ………。アイト、そっちはどうだ?」
「な、なんとか……イバラちゃんをしっかりと守り切ったぞ……」
「ありがとうございます、アイトさん」
アイトは精霊聖剣イーリスを支えに息を整えていた。
魔獣に襲われてから、煉は危険度の高い魔獣を相手にすることで精一杯となり、他が疎かになっていた。
そのため、役割分担としてイバラに索敵を、アイトにイバラの守りを任せた。
意外にも、アイトが自身の作った魔道具とイーリスを活用し、危険度AAクラスの魔獣を相手にしても問題なかった。
それが功を奏し、煉は今までより格段に自分の戦闘に集中することができた。
しかし、索敵に集中していたイバラは多くの魔力と集中力を強いられたため、結構な精神的疲労がたまり、今にも倒れそうな顔をしている。
「イバラ。後はランドドレイクだけだろ。もう休んでていいぞ」
「そうは、いきません。レンさんの、戦闘中に、魔獣が来たら、大変、ですから」
「それくらい大丈夫だ。むしろイバラに倒れられる方が後々きつい。俺とアイトに任せて休んでくれ」
「そうだぜ。頼りないかもしれないけど、魔獣の相手は俺に任せてくれ!」
アイトも辛そうな顔をしているが、それを悟らせないように笑ってみせた。
二人に諭され、イバラは放出していた魔力を止めた。
そのまま倒れるように眠り始めた。
慌ててアイトがイバラの体を支え、そっと地面に寝かせ簡易的な結界型の魔道具を設置した。
「こっちは大丈夫だ」
「おう。少し離れるけど、何かあったら知らせてくれ」
「了解だ」
アイトなら大丈夫だと信頼し、煉はランドドレイクが来る方向へと歩き少し離れた。
二人の姿が見えなくなったところで止まり、右手に炎を宿し、左手で刀を構えた。
その数分後、木が倒れる音と共に、大きな足音が近づいてきた。
徐々に濃霧の奥で大きな影が見え始め、シルエットが明らかになっていく。
ランドドレイクは亜竜種で飛べない竜と呼ばれる。
その分、体は大きく頑丈で並大抵の攻撃では傷をつけることができない鱗を纏っている。
巨体の上、かなり速く動き回り土魔法すら使いこなすトカゲの魔獣。
その魔獣が、死界の魔力の影響でさらに強化されていると考えられる。
しかし、煉の目に迷いはなかった。
今はただ、目の前に現れた全てを焼き尽くすのみ。
「あまり時間かけたくはないんだ。速攻で片を付ける。悪いとは思うなよ」
右手に灯した炎が徐々に色を変え、蒼く燃え上がる。
蒼い炎は左手に持った刀を包み込み、刀身を蒼く染め上げた。
その威容はまるでビームサーベルである。
そして煉は蒼く染められた刀を上段に構え意識を研ぎ澄ませる。
残し十数メートルまで近づいたランドドレイクのシルエットは、優に五十メートルを超えていた。
一般的なランドドレイクのおよそ二倍ほどの大きさである。
まるで山のようなその姿に無意識で恐怖を感じてしまうだろう。
煉は淡々と告げ、魔力の込められた刀をただ振り下ろした。
「花宮心明流炎の型一の太刀〈蒼焔・山落とし〉」
その瞬間、煉の視線上にあった濃霧が晴れた。
巨大なランドドレイクの姿も露わになり、その威容を示す。
しかし、煉を目前にしてその歩みは止まった。
ランドドレイクの体は縦に割れ、切り口から蒼い炎が噴き出し燃え上がった。
蒼炎はランドドレイクの体を骨の欠片も残さずに燃やし尽くす。
周囲の樹へと飛び火しているが、また濃霧に包まれ数分の後に消化された。
全てが片付いたことを確認し、ホッと一息ついた煉は二人の下へと戻って行った。
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