第129話 楽園の真実

 桜の下から移動をはじめ、しばらく歩いていた三人だが、どれだけ歩いていても景色は一向に変化しない。

 ただひたすら花畑に挟まれた小道を歩き続けているだけだった。

 そんな中、たまらずアイトが煉に声をかけた。


「なあ、いつまで歩くんだ?」

「さあな。とりあえず歩いていれば、どっかに着くだろう」

「適当すぎるだろ……。てか、ここがどこかわかって――たらこんなただ歩いているだけなんてありえないよな」


 求めていた答えを聞けず、アイトは肩を落とした。

 それでも足が止まることはない。

 歩くペースも煉にしっかりとついていくことができているのだ。

 記憶を取り戻しただけで、かなり変化したことがわかる。


「アイトの言う通り、ここがどこかなんて知らん。だけど、目指すべき方向は分かっているさ。この道の先はかなり魔力の濃度が高くなっている。あの桜のあった場所より何倍もな」

「確かに……これまでよりはっきりと嫌な魔力を感じるけど」

「そこに何かあるのは間違いないでしょう。行けばわかります。今できることをしましょう」


 イバラにそう諭され、アイトは自分の頬を軽くたたき思考をリセットした。

 記憶が戻ったとしても、弱音を吐きたがる癖は治っていないようだ。

 煉は、アイトの視線を促すように花畑の奥を指さした。


「それに、あっち見てみろよ」

「あっち? あれは……人か?」


 煉の指さした方向には人が走り回っていた。

 体形や装備から冒険者の男であることがわかり、アイトはさらに目を凝らして確認した。

 するとおかしなことに気が付く。


「なんか、楽しそうに笑って走り回っているな。何やってんだ?」

「もっとよく見てみろ。あの男が向かっている方向に何がいるかを」

「何って……は? おいおい、嘘だろ。あれは何だ」


 冒険者の男は何かを追いかけるように走っていた。

 楽しそうに笑っている様子から、アイトは恋人か友人とでもいるのかと思った。

 しかし、実際に目にしたのは――――全身が緑色で人の形をした何か。

 蔓が編み込まれたような見た目の怪物が、男の目の前を走っている。

 それを追いかける男。まさに異常な光景であった。


「魔獣……なのか? あの冒険者は何やってんだよ!」

「幻覚でも見せられてんだろ。おそらくあの蔓人が自分の大切な人に見えているんだ。俺たちが聞いた声、それに死界へと入り込んだ冒険者の話とも合致する。


 アイトは自分が聞いた声を思い返した。

 思い出そうとすると少し頭に痛みが走り顔を歪めるが、痛みを堪え不快な声の内容を呟く。


「『新しい世界、みんなが待ってる、この先に楽園がある』とか言ってたな」

「どうやら、俺たちを誘い込んだ元凶はこれが楽園だと思っているらしい。胸糞悪いにも程がある」


 そう言って煉は視線を別の場所へ移す。

 同じようにアイトも視線を向けると、絶句した。

 先ほどの冒険者と同じように蔓人を追いかけている者もいれば、蔓に巻き疲れて幸せそうな顔をしている者もいる。

 それが一人二人ならまだしも、確実に百近くはいるのだ。

 そのどれもがここが楽園だと疑うことなく、幸せそうに笑顔を浮かべていた。

 アイトは口元を抑え、絞り出すように声を出した。


「……何が……したいん、だよ、これ……」

「蔓に巻き疲れている奴は魔力がない。おそらく魔力を吸い上げ花の養分にしてんだろ。だからこそ、こんなに綺麗に咲き誇ってる……そう考えると、こんなの綺麗でもなんでもねぇ。反吐が出る」

「同感だな……。趣味が悪すぎるだろ。これが死界ってやつなのかよ」

「いや。これは死界とは別物だ。確実に誰かの仕業だな。だからこそ、早くここを抜ける必要がある」

「そうですね。こんな魔法を使える種族に少々心当たりがあります。この趣味の悪さからして、おそらく……」

「――――魔族」


 煉は小道の先、正面に聳え立つ巨木に目を向け、そう呟いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る