第128話 三人で共に

「おい、レン。大丈夫か?」


 いつまでも笑い続けている煉へ、アイトが心配そうに声をかけた。


「ああ。問題ない。こっちの話……ってわけでもないな。おそらく俺とアイトの目指す先は同じだ。俺たちの目的もちゃんと話しておくか」

「そうですね。これからも一緒に旅をする仲間ですから」

「なんだよ。二人とも俺に隠し事してたってのか?」


 アイトが悲しそうに表情を暗くするが、その口元は笑っていた。

 自分も二人の仲間として認識されていることが何よりも嬉しいのだ。

 そうして、煉はこの世界に召喚されてからアイトと出会うまでの経緯を話した。

 その過程でイバラを助けたことや、自分が一度死にかけていること。

 そしてアイトと同じ境遇であることも全て。


「…………つまり、レンの親友は天使ってやつにされているってことだな。それに……もしかしたらアリスも天使にされていると」

「その可能性が高いな。あと、天使にされる以前の記憶はなくなっているはずだ。消去か封印かはわからないけどな」

「どっちだっていいさ。アリスが生きているなら取り戻す。記憶がないのは少し残念だが……また新しい思い出を作って行けばいい話だ。何も問題はない」


 フッと笑い、遠くを見るように目を細めたアイトに対して、煉は少し苦虫を噛み潰したような顔をした。


「………………なんか、アイトがそんなこと言うとか、ムカつく」

「喧嘩売ってんのかっ!?」

「アイトに喧嘩売るわけないだろ。俺の方が強いのに」

「てめぇ………………言っておくがな、記憶の戻った俺は一味違うぞ」

「ほう。どう違うのか教えてほしいな~」

「そういうのは後にしてください。――――アイトさん」

「? ん?」


 イバラの真面目な表情を見て、アイトは意識を切り替えた。

 イバラも秘密を話すと言っていたことを思いだし、イバラ同様真剣な眼差しを向け、耳を傾けた。


「………先ほどレンさんのお話にもあった通り、私はある貴族の下で奴隷のように扱われていました。それは私が他の人たちとは違うから。他の人にはない力を持っているからです」

「それは……なんとなくわかる」

「一番わかりやすいもので、私の本当の姿をお見せします」


 イバラはそう言うと、目深に被っていたフードを取り、顔を晒した。

 フードの下にあった姿は、長い栗色の髪で大きな目に茶色の瞳、年相応の幼さを残した顔立ちである。

 いつもの見慣れているイバラの姿に、アイトは首を傾げた。

 今のイバラはこの世界ではどこにでもいる普通の少女と同じなのだ。


「実は、私は魔法で姿を偽っているんです。本当は……」

「…………え?」


 イバラが魔法を解くと、先ほどまでと姿を変化した。

 髪は夜の空のような漆黒、大きな目で紫紺の瞳が、雰囲気を大人っぽくする。

 何よりも大きな変化は、額で激しく主張する小さな一本角。

 その変化にアイトは口を大きく開けて呆けてしまった。

 言葉もなくただ立ち尽くしてたアイトを見て、イバラは表情を暗くする。


「…………嫌、ですよね。こんな女が一緒にいては……レンさんは何も言わないですし……」

「その角……鬼族、だよね?」

「え? はい、そうですけど……」

「…………本当にいたんだ」


 アイトは珍しいものを見るように、イバラの周りをグルグルと回り観察を始めた。

 入り口にあった大賢者の魔道具を見た時と同じ目をしている。

 今のアイトの心は好奇心が占領しているのだ。


「特殊な魔法を使う鬼族。かつてはその魔法により一国を滅ぼしたともされるとかなんとか。そのせいか、鬼族を忌避した人間たちにより魔獣認定され一族が滅亡してしまった。なんとも愚かしいことだと、憤慨したのを覚えている。貴重な魔法を使う一族を、ただの恐怖により滅亡に追い込むなんて。やはりバカな人間が多いのはどの時代でも同じなのだな」

「あ、あの~……アイトさん?」

「こうして俺の目の前に鬼族がいるとは、嬉しい事この上ない。レンの話から推測すると、おそらくイバラちゃんもその魔法を使えるということなのだろう。目を付けたその貴族はなかなか頭の切れる奴だったんだろうが、やり方を間違えているな。やはり愚かなバカしかいないということか」

「あ、アイトさん!」


 いつまでもグルグルと自分の周囲を回り続けられることに限界を迎えたイバラが、たまらず叫んだ。

 しかし、アイトは自分の考察に夢中で全く聞く耳を持たない。

 見かねた煉がアイトの頭をはたき、強制的に観察を終了させた。


「イバラが困ってるぞ」

「だからって殴る必要ないだろ! イバラちゃん、ごめんな。ちょっと嬉しくて」

「嬉しいですか……? 鬼族ですよ?」

「鬼族だからだよ。俺、昔から魔法とか魔道具が好きでさ、特に誰も使えないような魔法を使える人達に会ってみたいと思ってたんだ。まさか、こんな形で夢が一つ叶うとは」

「そ、そうですか……それは、よかったです……」


 恥ずかしそうにもじもじとしているが、内心嬉しさを隠しきれないイバラ。

 煉以外に本当の自分を受け入れてくれる人はいないと思っていたのだ。

 一緒に旅をする仲間が、自分の存在を認めてくれる人がいるだけで、イバラにとって何よりも幸せなことだった。


「とまあ、こうしてお互い秘密も打ち明けたことで。さっさとこんな薄気味悪いところから出るとしますか。これからは期待していいんだよな、アイト?」

「っ! ああ………………もちろんだ」


 アイトは煉に仲間として、期待されていることに胸が熱くなるのを感じた。

 そして、涙が溢れそうになるのを必死で抑え、精一杯の笑顔を見せた。

 これからは本当の仲間として、三人で共に歩み続けるため、アイトは自分の力を尽くそうと心に決めた。





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