第127話 桜の下で
「――――よお、目が覚めたか?」
勢いよく起き上がったアイトに煉が声をかけた。
目を覚ましたアイトは声に反応するよりも先に、キョロキョロと視線を動かしていた。
煉たちは足跡を辿った先にあった光へと進み、この場所へと辿り着いた。
視界に広がるのは色鮮やかな花畑。
後方にはピンク色の綺麗な花を咲かせる巨大な桜の樹。
煉たちが歩いた先がこの桜の樹の下へと繋がっていたのである。
穏やかな春の陽気を感じさせる雰囲気の上、それまでいた陰気な森との差異、そしてここ数日感じることのなかった陽光、腰を据えて体を休めるには絶好の環境だ。
そのため、アイトが目を覚ますまでは桜の下から動かず、じっとしていることにしたのだった。
「…………こ、こは……?」
「おそらく何らかの幻覚だとは思うんだが、今のところ害はない。だから、こうして休憩してんだ」
「そうか……」
「調子はどうだ? 顔色は良くなってるし、何ともなさそうだが……なんか雰囲気変わったな」
煉は今のアイトの様子に違和感を感じていた。
いつものおちゃらけた雰囲気はどこへやら、刺すような空気を纏いこれまでと正反対で静かな印象を受ける。
アイトは自分の体を確認し、手を握ったり開いたりしている。
「…………言ってなかったけどな、俺は記憶を失くしていた」
アイトはぽつりと話し始めた。
「目が覚めた時、知らない街の厩舎で馬に寄りかかって寝ていた。それ以前の記憶がなかったから、正直自分が何者なのか分からなかった。知っているのは『アイト』という自分の名前と、『アリス』という言葉。それと魔法と魔道具が好きだったということだけだ」
知らなかった事実を次々と聞かされ、煉とイバラは少し整理するのに時間がかかった。
三人が出会った当初から、アイトは自分のことをあまり話すような人間ではなかった。
煉とイバラが知っているのは、魔道具師兼商人であること。
綺麗なお姉さんが好きだけど、お茶に誘うくらいの勇気しかない。
戦闘は苦手で怖がり、それでも仲間のために自分を投げ出せる男。
輝く金の髪が特徴的で顔も良いのに、少し残念なところのある大事な仲間。
煉たちにとって重要なことはそれだけだったのだが、まさかアイト自信が記憶喪失だったとは思ってもみなかった。
「記憶がないことを黙っていたのは、詮索されたくなかったからだ。二人になら話しても良かったんだが、俺の勇気が足りなかった」
「……こんなところで話す必要はないだろ」
「いや、今寝ている間に思い出した。だから、こうして話をしている。二人には知っていてほしいから。本当の仲間として在るために」
今まで見せたことのないような真剣な表情で、二人を真っ直ぐに見てアイトは言った。
その想いを汲み取り、二人も真剣にアイトの話に耳を傾けた。
「幼い頃の夢だった。忘れるはずのなかった思い出。忘れちゃいけなかった、俺の想い。それを取り戻せた。どうして忘れてしまったのかは分からないが、今はどうでもいい。
――――改めて名乗ろう。アイトレウス・ウル・ペンドラゴン。とある小さな国の元王子だ」
「……お前、王子だったのか。似合わねぇ……」
「うるさい。んなもん、俺が一番理解してる。そんなことより話の続きだ。俺はいつか商人として大成するって話したな。あれは記憶がなく、魔道具が好きだったから可能性の高そうな夢を語った。だが、本来の目的は違う。
俺は――――いなくなった大事な女を探すために旅をしてるんだ。それが『アリス』だ。突然、俺の目の前で姿が消えた。信じられないと思うだろうが事実だ。目の前で話しているのに消えたんだ。だから、俺は見つけてみせる。あの日、そう誓ったんだ」
アイトは空に手を伸ばし、その先の遠くを見据えた。
いつか必ず成し遂げる野望があるのだと語り、言葉にした誓いを胸に抱いた。
アイトの話の中で、煉は少し引っかかりを覚え眉間に皺を寄せ、考えるように首を傾げた。
「なあ、消えたってどういうことだ?」
「言葉通りだ。いきなり目の前で消えた。跡形もなくな。魔力の痕跡も残っていなかった。ただ……」
アイトも煉と同じような顔を浮かべ、言葉に詰まる。
「どうした? 言いにくい事か?」
「いや、レンなら信頼している。話すさ。アリスが消えた後、アリスの立っていた地面に言葉が書かれていた」
「地面に言葉……?」
「ああ。〈神に選ばれし者、天上の世界へと誘わん〉ってな」
「「っ!?」」
二人はその言葉の意味を察し、一連の事件について理解した。
そして煉は、ただただ理不尽な行いに怒りを覚えていた。
その影響で煉の周囲の温度が上昇しているのがわかる。
イバラとアイトは煉の変化に気づき、少し距離を取った。
そのまま近くにいては火傷を負ってしまう可能性があるからだ。
「…………はははっ! どこまでも勝手な奴らだな。ふざけるのも大概にしろよ……ああ、良かった。これでまた一つ、奴らを叩きのめす理由が増えた」
そう言って煉はただ、笑い続けていたのだった。
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