第125話 誘い込む罠

 二人は反射的に耳を抑える。

 しかし、声は頭に直接響いてくる。

 頭の中で不快な声が止まず、気持ち悪さに抗い耐えていた。


「くっ……吐きそうだ……」

「この声、一体どこから誰が……?」


 するとテントからアイトが飛び出してきた。

 先ほどの疲れた様子は一変し、晴れやかな表情で血色も良くなっていた。

 だが、どこか遠くを見つめ焦点の合わない目で周囲を見渡している。


「おい、アイト! どうした!?」

「レンさん、アイトさんのあの目って……」

「ああ……ジルスから聞いた話と同じだ」


 不自然に冒険者たちが行方不明になる事件。

 その冒険者たちは自らの足で死界へと向かったことがわかり、さらには焦点を失った目でフラフラと歩いていたと。

 まさしく今のアイトがその状態だった。

 他の冒険者との違いは、すでに死界へと足を踏み入れているかどうか。

 煉は今にもどこかへと歩き出しそうなアイトの肩に手を乗せ、真正面から目を合わせた。


「アイト! しっかりしろ!」

「……行くんだ………………新しい世界へ……………みんなが待って」

「何言ってんだ! みんなって誰だよ!? ってか、誰もお前なんか待ってねぇよ!」

「レンさん、そういうことではないかと」

「いや、こう言っておけば正気に戻るかと思って」

「結局戻ってないじゃないですか。こうなった元凶をどうにかしないとダメみたいです」


 煉とイバラが話している間に、アイトはどこかへ向かって歩き始めていた。

 慌てて煉が腕をつかみ引き留めようとするが、想像以上に力が強く振りほどかれそうになる。

 負けじと煉も力を込めるが、ずるずると引きずられていく。

 そしてアイトの向かう先が少し視界に映った。


「…………なんだよ、あれ………………」


 アイトの進む先にはどこかへ通じる道ができていた。

 霧も晴れ、木は生き物のように動き出し通り道を開ける。

 そして遥か先には出口を示すように光が見えた。

 そこへ真っ直ぐ進む道標のごとく、足元にはいくつもの足跡が刻まれている。


「これ、私も見ました」

「さっき言ってたのはこれか。罠にしか見えねぇな………って、いい加減止まれ!」

「行くんだ……………俺は……この先へ………………」


 少し荒っぽく、足をかけアイトを倒す。

 しかし、這ってでも先へ進むことをやめない。

 アイトを止めつつ、頭ではより強く不快な声が響いている。


『おいで……こっちだよ………………新しい世界……みんなが幸せ……誰も悲しまない………………楽園はここに………………』


「はっ。お断りだ。何が楽園だ。新しい世界だ。そんなもんがあるならどうしてこんな誘い方をする。もっと堂々とかかってこいよ」

「何言ってるんですか。罠なんですから堂々も何もないでしょう」

「なんかイライラしたから反射的に。それよりアイトが止まらねぇ」

「仕方ないですね。少し眠っていてもらいましょう」


 イバラが長杖をアイトの首元に当て、魔力を込める。

 バチバチと音を立て、魔力が電流へと変換されていく。


「〈スタン・ショック〉」


 最後に大きくバチッと音が跳ね、アイトの体が痙攣をおこし動きが止まる。

 アイトを止めることに成功したが、未だ声が止むことはなかった。

 そして、道は開けたままだ。


「…………どうします?」

「選択肢は二つ。この声に抗いながら死界の中心を目指すか、あえて誘いに乗ってこの先を目指すか」

「とは言っても、レンさんの答えは決まっているんでしょう?」

「さすがイバラ。俺のことをよくわかってる」

「当然です。それにそんな顔してたら私でなくてもわかりますよ」


 煉の目には怒りが宿り、口元は吊り上がっていた。

 何かを為そうとするときいつも出る不敵な笑み。

 自然とそれがこぼれていた。


「レンさんの向かう先がどこでも、私はついていきますよ」

「相変わらず、最高のパートナーだよ。最初にあった頃とは大違いだな」

「わ、私だって成長したんです!」

「そうだな。じゃあ、行くとしますか。こんな不快な声を聞かせやがって……誰だか知らねぇがタダで済むと思うなよ」


 煉はアイトを肩にかつぎ、イバラを伴い歩き始めた。

 目指すは声の大本。

 売られた喧嘩は買う。ただそれだけの意志で煉は罠の先へと向かった。






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