第124話 声

 死界では時間の感覚がつかめない。

 それは太陽の光が届かず、環境に変化が訪れない故に。

 長時間死界内で行動する冒険者はあまりいない。

 時間を計測する魔道具も存在しないため、死界内では基本的に疲れたら休む、ということが重要である。


「とは言っても、地図もなく周囲の景色に変化なし。自分が今どこを歩いているかすら分からないってのはきついな」

「そうですね。感覚的には数日、と言ったところでしょうか。霧の濃度で深層に向かっているかがわかりますが、今のところ中層に差し掛かったくらいですね」

「結構歩いたと思うんだが、まだ中層か……」


「幻死の迷森」は空から俯瞰して見ると綺麗な大きい円状になっていると言われている。

 故に外周から中心に向かっていくことになる。

 死界入り口は一つだけだが、奥に進むにつれ方向感覚が無くなっていく。

 それは太陽の位置も確認できず、その上霧に包まれた深い森であることが影響している。

 ただでさえ、深層には強力な魔獣が存在するのに、到達まで時間を取られるのだ。

 精神的にも追い込まれてしまう。

 その証拠に――――。


「アイトー、大丈夫かー?」

「だ、大丈夫に、はぁ……決まって……んだろうっ」

「全然そうは見えないが」


 ただ歩いているだけにも関わらず、アイトは激しい呼吸を繰り返し、肩で息を整えていた。

 死界内にいるという緊張感といつまでたっても進んでいる実感が湧かない精神的な疲労が、アイトをより疲弊させている。

 イバラも多少疲弊しているのだが、覚悟していたためにアイトほどの疲労を感じてはいなかった。


「あまり進んではいないですが、休憩しましょう」

「そうだな。アイト、少し寝てていいぞ」

「ああ……すまん……」


 アイトは自作の棒型魔道具を取り出し、スイッチを押して放り投げた。

 すると魔道具はポンと音を立て、一瞬にしてテントに早変わりした。

 そのまま地面へと設置され、アイトはテントの中へと入って行った。

 すぐにアイトの寝息が聞こえてくる。


「かなりきてるな、あれ」

「仕方ないでしょう。私もああなっていたかもしれないですから。レンさんは以前死界を攻略してきたでしょう? どうでした?」

「あれは意図して攻略したわけでもないしな。生きるために必死だっただけだ。探索してたら俺もアイトみたいになってるかもしれない。あの経験が今に生きてるんだと思うよ」

「本当、良く生きて出てこれましたね。あっ、ここに火をお願いします」


 イバラが集めた枯れ木を重ね、煉がそこに火をつける。

 霧が漂い湿気の多い中で、本来であれば火など使えないのだが煉の炎であれば問題はなかった。

 簡単に木から火が付き、そのまま燃え上がる。

 この悪環境の中で焚火ができることが何よりの救いであった。


「俺もそう思うよ。………………それより、ここまで歩いてきて何か感じたか?」

「最初の森猿以外は特に。想定していた魔獣の出現率でしたね」

「だよな。やっぱりあの猿が問題だったのか……?」

「でも…………レンさんは気づきましたか?」

「何がだ?」


 イバラの問いの意図が分からず煉は聞き返した。

 イバラだけが気づいた何かがあるようで、しかし当の本人は何か話しにくそうにしている。


「? 何かあったのか?」

「いえ……ただ、声が聞こえるんです……」

「声? こんな森の中で?」

「ええ。私も不思議に思って声が聞こえたときは周囲を確認するのですが、決まって少し先の霧が晴れて足跡が現れるんです。気のせいかと思ったんですけど、それが何回も続いて……」

「そう言うのはもっと早く言ってくれよ。でも、俺は声なんて聞いてないぞ。何か違いが……? もしかしてアイトも聞こえてるのか?」

「わかりません。ですが、その声が聞こえなくなると少し体が重く感じるんです。そう考えると、アイトさんがあんなに疲れているのは……」

「その声には、何かがあるってわけだな。どんな声だった?」

「それは――――」


 イバラが話そうとしたその時、二人は同時に武器を手に取って周囲を警戒した。

 そう、声を聞いたのだ。

 今度は煉も声が聞こえたようで、その顔には動揺が窺える。


「なんか……嫌な感じだな」

「そうなんです。この声は少し不快で……」


 だんだんと声が鮮明に聞こえるようになり、二人は言葉を聞き取るに至った。


『ふふ……ふふふ………………おいで……こっちだよ………………新しい世界………………こっちに………………おいでぇ………………』






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