第121話 森猿

「で、満足したか?」


 煉がアイトに問いかける。

 アイトは難しい顔で頭を押さえ、キッと煉を睨みつけた。


「……………………満足はしていない。だけど、これからこの中に入らなきゃいけないことも理解している。だから、我慢するが……いくら何でも殴るなよ! ちょっと痛いぞ、これ! ああ、涙出てきた……」


 アイトは大賢者の魔道具を観察するのに夢中で、煉とイバラの声が全く聞こえていなかった。

 どれだけ二人が声をかけても魔道具から視線を外すことなく、数十分が経過したころ、我慢の限界に達した煉はアイトの頭に拳骨を叩き込んだのだった。


「お前が夢中になりすぎるからだろ。そういうのは終わってからにしろ」

「終わってからって、それじゃ遅いじゃんか。それに、そんな時間ないだろ、ここで」

「言ってなかったか? しばらくは街に戻れないぞ」

「――――は?」


 アイトは言葉の意味が理解できず、不思議そうな顔で煉を見る。


「俺たちはギルドからの依頼もこなすが、同時に死界攻略もする。この死界を完全に攻略するまで街には帰らないから」

「う、嘘だろ……?」

「本当だ。だから、長旅の準備しろって伝えといただろ?」

「一週間分の荷物しかないわっ! …………ちなみどれくらいの予定で?」

「早ければそれでいいんだが……最長で一か月くらい?」


 その瞬間、アイトは口を開けたまま固まった。

 そして、錆びついたロボットのような動きで回れ右。

 そのまま街まで走り去ろうと駆け出した――――が。


「もう遅いぞ」

「おいおいおい! 冗談だろ! こんな危ないところに一か月もいるのかよ!?」

「まあ、何とかなるだろ。行くぞー」

「待て、待ってくれ! 頼むから、一旦街で綺麗なお姉さんと楽しい一夜をぉぉぉぉぉぉ――――!!」


 アイトの叫びがむなしく響き渡った。



 ◇◇◇



 結界をすり抜け、煉たちは『七つの死界デッドリィ・セブンス』の一つ「幻死の迷森」へと足を踏み入れた。

 そこは一切の光のない深い森の中。さらに奥に行くにつれ深い霧に包まれていき、自分の足元すら見えなくなるという。

 先の見えない恐怖と地図のなく道すら分からない不安。それらに打ち勝てたものだけが、この森を進むことができる。

 入口付近では大した魔獣が出ないと言われているため、煉たちは少々油断していた。


「ちっ。話と違うぞ!」

「森に入ってすぐに森猿がいるなんて。森猿は中層域にいるとされている魔獣です。百を超える群れで行動し、狡猾で学習能力の高い魔獣と言われています。アイトさん、気を付けて!」

「む、無理無理無理無理! 煉、俺の壁になってくれ」


 アイトは煉の背中に隠れ、縮こまっている。

 煉たちは死界に入った瞬間、猿の鳴き声を耳にした。

 その瞬間、煉とイバラは警戒し、周囲を確認する。

 木の上、茂みの奥、道の先。結界を背にしているため後ろにはいないが、前方百八十度を赤い眼に囲まれていた。

 猿の鳴き声とおおよその魔獣の総数から森猿であると推測し、一気に警戒レベルを上げた。

 そして違和感に気づく。

 中層域に生息する魔獣が入り口付近で侵入してきた冒険者を囲うこと。

 そこにどのような意図があるのか。


「一連の事件とは関係ないかもしれないが、森の支配者でも現れたか?」

「どういうことですか?」

「知性のある支配者なら、侵入者を排除する簡単な方法がわかるだろ。一つしかない入口。情報を信じ切り油断している瞬間、想像以上に強い魔獣がいたら?」

「対応できず、魔獣に襲われるでしょうね。――――普通の冒険者なら」

「そういうことだ」

「ど、どうするんだよ!? いきなりこんな」


 煉は抜刀し、刀に炎を纏わせる。

 そして不敵に笑い――。


「決まってんだろ。押し通るだけだ!!」







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