第120話 重なる憧憬

 イバラのお説教が終え、煉たちはまた死界に向け歩き始めた。

 そしてある地点で立ち止まる。

 見渡す限り全方位平原であるのだが、立ち止まった煉とイバラは何かを見据えていた。

 不思議に思ったアイトが問いかける。


「? どうしたんだ?」

「アイト、こっから先は覚悟しろよ。あんまりふざけすぎてたら――――死ぬぞ」

「お、おう……こっからって、見た感じ同じような景色なんだが……?」

「死界は特殊な結界に覆われている。他の場所は大抵人の立ち入るのが困難な場所にあるのだが、ここだけは違う。下手に死界の景色を覗くだけで、普通の人間は発狂するそうだ。だからこそ、この場所には冒険者しか近寄らないし、念のため一般人に死界を見せないようにこうして擬態しているんだ」


 そう言って煉はある一点を指さした。

 そこには特殊な魔道具が設置され、常に魔力を放出している。

 その魔道具は、死界に結界を施した大賢者が作り出したとされており、結界を維持するために死界内にも数多く設置されているのだ。

 魔道具を見たアイトは目の色を変え、まるで吸い寄せられるように設置されている魔道具へと歩いて行った。


「こ、これが魔道具師界隈で伝説とされている『大賢者の結界柱』か! すっげぇぇぇ! 実物をこの目で見ることができるなんて!

 見ただけじゃ構造が想像できない……。どうやって恒久的に魔力を生み出してんだ? 回路はどうつながって? 他の柱と連動してんだろうけど、直接的なつながりを感じない。魔力の糸が繋がっているわけでもない。おそらく死界特有の魔力もあるはず。魔力の識別法は? 使っている素材すら分からないなんてっ……!」


 オモチャを見つけたような子供みたいに目を輝かせている。

 だが、その表情は真剣そのもので、プロの魔道具師であることを物語っている。

 大賢者の生み出したとされる魔道具の謎を解明しようとする姿は、いつものアイトからは想像もできないほどの迫力を感じさせた。

 別人ではないかと錯覚してしまうくらいの変貌ぶりに煉とイバラは口を開け呆けていた。


「………………誰だあれ」

「……知らない人ですね。とても真面目なお顔をしていますね」

「……ああしてると、普通にカッコよく見えるよな」

「……ですね。魔道具師としてのアイトさんです。あの姿を見れば、街中でナンパせずともいいと思うのですが」


 煉はアイトの姿を見て、日本にいたオタクたちの姿を思い浮かべた。

 自分の好きなものに対して盲目的で狂信的、人目も憚らず己の「好き」という想いを全うする姿は、かつて煉が憧れを抱いたもの。

 生きがいも喜楽もなく、ただ生きることに必死だった煉が手を伸ばし続け諦めた想い。

 彼らとアイトの姿が重なり、煉は忘れていた憧憬の念を思い起こされた。


「……アイトが落ち着くまで待つか」

「そうですね。今止めてしまうのは良くないと思いますし、なんだか子供みたいで可愛いですね」

「…………俺にもああして何かに夢中になれるものがあれば…………」

「? レンさん?」

「…………いや、何でもない」


 日本にいた頃の自分を思い出し、煉は自嘲気味に笑う。

 そして、自分の人生を変えた一人の少女の姿を懐かしんだのだった――――。








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