第119話 焼肉

「――――美味いな、これ!」

「おい、それ俺の肉だぞっ」

「早いもん勝ちだ。アイトの肉は俺がもらう」

「お前ぇ……許さん」

「もうっ。たくさんあるんですから、もっと落ち着いて食べてください!」


 煉たちは、討伐したミストブルを一体解体し、その場で焼肉を始めていた。

 イバラは健康面を考慮し、サラダなどを作ってはいるものの、煉とアイトは目もくれずがむしゃらに肉を食べ続けている。

 むしろ、大量にある肉を取り合っているくらいである。


「イバラ……これ、めっちゃ美味いぞ」

「そうですね。とても柔らかくて、滴り落ちる肉汁が勿体なく思ってしまいます。これだけ水分を含んでいるのに水っぽくもないですしね。魔獣って不思議ですねぇ」


 イバラがしみじみとした様子で呟く。

 煉も隣で頷きつつ、ミストブルの肉を味わっていた。

 それを通りすがりの冒険者たちが横目で眺めていく。

 彼らはおかしなものでも見たかのような目をしていた。


 それもそうだろう。

 煉たちがいる場所は死界「幻死の迷森」の入り口からそう遠くない。

 普通の冒険者であれば、常に緊張感を持ち合わせていなければならない。

 死と隣り合わせな状況である。

 それにいつ魔獣が襲ってくるかもわからない。

 そんな中、平然と食事をしている煉たちは奇異の視線を向けられてもおかしくはないというわけだ。


「さっきから通る冒険者たちが変な視線向けてくるんだが……」

「気のせいだろ。それよりアイト、お前の肉もうないぞ」

「はぁ!? 嘘だろ!! あれだけあったのにいつの間に!?」


 彼らが視線の意味に気づくことはなかった。


「ふぅ……食ったぁ。いい感じの腹ごしらえになったな。緊張もほぐれたみたいだし」

「そ、そういや、もうそこまで来てんだったな……すっかり忘れてたぜ」

「忘れないでください。私たちの目的は死界の探索、それと一連の事件の調査です。まだ始まってもいないのですから、適度な緊張感は残しておいてください」

「す、すまん……」


 イバラに叱られアイトは縮こまる。

 それを見ていた煉は爆笑し、アイトに睨みつけられるが気にも留めない。

 アイトは腹いせに、バッグから水鉄砲型の魔道具を取り出した。

 内蔵している水の魔石によって半永久的に水が生み出せるようにしたアイト作の攻撃魔道具である。

 最大威力はウォーターカッター並みの切断力を持つ。最小設定はただの見た目通り水鉄砲となる。

 それを煉に向け一瞬で発射。煉の顔を濡らす程度の水が噴出されるのだが……。

 顔に到達する直前、一瞬にして水が蒸発した。

 煉はニヤリと笑いアイトへと視線を向ける。


「ふっ、甘いな」

「くっ……読まれていたかっ」

「遊ばないでください!!」


 お怒りのイバラが、二人の頭に拳骨を落とした。

 それから数十分、平原でのイバラのお説教が行われることとなった。

 その間、魔獣すら煉たちの側に寄り付かなかった。





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