第118話 ミストブル

 ミストガイアの街から死界の入り口までは少し距離がある。

 しかし、死界までの馬車が出ているわけでもなく、冒険者たちは徒歩にて向かうのだ。


「……それにしたってさ、歩いていくのっておかしくね?」


 と、アイトが疲れ切った表情で言った。

 悪路というわけでもなく、ただ平坦な道をひたすら歩くだけだ。

 多くの旅で歩きなれている冒険者であれば、辛いはずもない。

 だが、アイトに限っては死界に行くという緊張感が、より疲労を加速させている。


「馬なんてつれて行けないからな。歩くしかないんだよ」

「そうですね。いくら特殊な結界で覆われているとは言え、死界の一つであることに変わりありません。お馬さんを連れて行くのはかわいそうですよ」

「だけどなぁ……こんな何もない平地を歩くだけってのはきついぞ」


 周囲はまるで整地されているのかと疑うほどに凹凸がない。

 遮蔽物が一切ないため、先の先まで見通せるのだが、少し道を外れるだけで魔獣に遭遇する確率が大幅に上昇する。

 危険と隣り合わせであることは確かだ。

 いつ魔獣が襲ってくるか分からない不安も、アイトの精神を消耗させている。

 そんなアイトの様子を見て、煉は大きなため息を吐いた。


「はぁ…………」

「お、おい。なんだよ、その心底呆れかえってますって感じは。し、仕方ないだろ。こうしてちゃんと冒険者するのは滅多にないんだからなっ!」

「死界の外の魔獣なら、アイトでも簡単に討伐できるレベルだぞ。あんまりビビりすぎんなよな」

「ビビビ、ビビってねぇし!!」


 アイトが大声で叫ぶと、遠くから牛の鳴き声が響いた。

 そして、大量の足音がだんだんと煉たちに近づいてくる。


「ひっ!?」

「あ~あ。魔獣寄ってきたぞ。アイトが大声出すから」

「お、俺のせいかよっ……いや、俺のせいだわ。ごめん」

「先ほどの鳴き声からおそらくミストブルですね。体長はそこまで大きくはないのですが、体表が水っぽく、鋭い角と突進が脅威の魔獣です。しかし、真っ直ぐにしか走れないそうなので回避は容易いかと」

「そ、それにしたって……」


 ミストブルの群れが視認できる距離まで近づいていた。

 その数は軽く百を超える。

 勢いは徐々に増していき、ただ真っ直ぐに煉たちの下へ。


「あの数はさすがに……」

「ちなみに、ミストブルのお肉はなかなか美味しいそうです。多量の水分を含んでいますが、焼くと甘い肉汁が溢れだし、煮るときは水いらず。何よりお肉自体がとても柔らかいそうです」

「よしっ! 食料確保!!」


 イバラの話を聞いた、煉は無性に張り切っていた。

 美味しいと言われている肉に興味津々のようだ。


「だ、ダメです! レンさんがやるとお肉が燃えちゃいます! それに火に弱く、すぐに水分が蒸発してしまうそうです。そうなるとせっかくのお肉が台無しになってしまうみたいです」


 煉が右手を突き出したまま止まり、そのままイバラとアイトの後ろへ。


「――――じゃ、任せるわ」

「え、えええええ!? む、むむむりだってぇぇ」

「私がやりますから、アイトさんは下がっていてください」


 イバラが一歩前に出て、地面に手をついた。

 その後ろでは、アイトが心配そうな表情で見守っていた。


「お、おい。イバラっち、大丈夫なのか?」

「言っておくが、イバラはBランクだぞ? それも実力でここまで上がってきたんだ。そこらの冒険者より強いぞ。それに勉強熱心だからな」


 そう言って、煉は顎で促す。

 アイトが視線をイバラに向けると、ミストブルの進行方向に大きな魔法陣が出現していた。

 黄色に発光し、周囲に電気を撒き散らしている。


「〈雷陣エレキ・フィールド〉」


 ミストブルの群れの先頭が魔法陣を越えたタイミングで、イバラの魔法が発動。

 魔法陣を中心に、稲光が地を走りドーム状にミストブルの群れを覆う。

 次の瞬間――――地面からドームの天辺に向け雷が昇る。

 水分を多量に含んだミストブルは漏れなく感電し、地に倒れた。


「ふぅ……成功ですね。でも、発動に時間がかかりすぎます。危うく失敗するところでした」

「まあ、今回は上手くいったんだ。改良は後で考えると良いさ」

「ですね。食料も調達できましたし、解体は後でするとして。レンさん、全部アイテムボックスに入りますか?」

「余裕。回収はしておくから、少し休んでていいぞ」

「はーい。ありがとうございます」


 流れるように話が進み、アイトは状況についていけなかった。

 そのまま、口を大きく開け、ただ呆然としていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る