第117話 緊急依頼

 それからしばらく、煉たちはギルドに通いつめ依頼をこなす日々を過ごしていた。

 しかし、クエストボードにはBランク以下の依頼しかない。

 Aランクである煉を昇格させるには至らない依頼ばかりだった。


「今のところ、Aランク以上の依頼はないらしい。死界のすぐ側だからSランクの依頼が大量にあるもんだと思っていたが」

「そんなことはなかったですね」

「Sランクの依頼なんて、俺が受けられるわけないだろ! Bランクだっていっぱいいっぱいだってのに……」


 アイトがテーブルに突っ伏して、煉に抗議する。

 アイトのランクはD。普通ならAランクの煉と共に行動すること自体おかしな話なのだが、そんな常識に囚われない煉たちであった。


「そんなことないだろ。意外と役に立ってるじゃんか。アイトの魔道具を冒険者に売ったらかなりの金になるぞ」

「こいつらは売りもんじゃねぇから! これがないと本当にお留守番になっちまうじゃねぇか!」


 アイトは自分のバッグを隠すように抱きしめた。

 アイトのバッグには自作の魔道具が大量に収納されている。

 このバッグ自体もアイト作の魔道具である。

 見た目以上に物を収納できるように、バッグの中に空間魔法を施しているのだ。

 そのおかげで、小さなバッグにも大量の魔道具を収納できるようにした。

 ダンジョンで時々発見されるアイテム袋と同じ仕組みだ。

 作り方を公表すれば、それだけで大金持ち間違いなしなのだが、アイトはそれを公表する気はない。


「それの作り方だけでも、公表すればいいのに。なんでしないんだよ」

「い、いいんだよ。俺にだっていろいろあるんだ……」

「まあ、それならそれでいいんだろうけど」

「それで、この後はどうしますか?」

「と言っても、今日もBランクまでしか依頼はないしなぁ。面白そうなのもなさそうだし。今日は休みにするか」


 そう言って煉たちが立ち上がった時、階段を勢いよく駆け下りてくる一人の男の姿が。

 小さな丸い眼鏡をかけた白髪交じりのお役人――――サブマスターのジルスだ。

 そのままの勢いで煉たちの下へと走ってくる。


「はぁ……はぁ……よかった……」

「なんだよ、そんなに慌てて」

「き、君たちにお願いしたいことがあって。話を聞いてはくれないだろうか……?」


 息を整え、顔を上げたジルスの表情を見て、煉は迷うことなく首を縦に振った。

 そして場所を変え、ジルスの執務室へ。

 煉を中心に三人並んでソファに座り、その対面にジルスが座る。

 ジルスの執務机には以前訪れた時よりも、書類が積み重なっていた。

 煉はジルスの忙しさを察し、手短に話を終わらせてやろうと思った。


「で、俺たちに頼みたいことってのは?」

「以前にも話したと思うが、ここ最近冒険者の行方不明事件が多発している。その件について新しい情報が入った」


 ジルスの言葉に煉が目を輝かせる。

 視線で先を促し、ジルスは続きを話し始めた。


「つい先日のことだ。とある冒険者パーティーが死界の入り口付近で魔獣の討伐をしていた。そして討伐完了後、彼らは街に戻ることはなかった」

「何処に行ったのかわかってんのか?」

「もちろん。この件には目撃者がいる。その人によると、冒険者たちはそのまま死界に入って行ったらしい」

「へぇ。それで?」

「その冒険者たちは焦点の合わない目で、『この先に新しい世界がある。もう一度あいつに会える』と言っていたらしい。つまり」

「死界で何らかの異常事態てわけか? 察するに集団幻覚みたいだが」

「ああ。実際死界の奥に何があるかは誰も知らないんだ。調査しようにも、Sランク以上の冒険者は世界に数えられるほどしかいない。この地にも滅多に来ないんだ。そこで、君たちに死界の調査をお願いしたい」

「いいのか?」

「ああ。本当はいけないことなのだがね、そうも言っていられる事態ではなさそうだ。力のある冒険者に遊ばせている余裕はないんだ。特例でアグニ君、君をSランクに昇格させる。本来ならば、Sランクは本部の認定が必要なのだがここは死界の側の街だ。特例が認められている」


 思わぬSランク昇格に、煉も驚愕していた。

 特例が存在しているということも知らなかったのだ。

 だが、元々の目的を果たせるのなら是非もなし。ということで煉は不敵に笑った。


「断る気は……なさそうだね。緊急依頼を発注するよ。頼めるかな?」

「ああ。望むところだ。調査ついでに攻略もしてきてやるさ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る