第115話 不穏な噂

「このような街までいらっしゃるとは思いませんでした。お噂はかねがね。しかし、事情説明はしていただけるのですよね?」


 冒険者ギルドミストガイア支部サブマスターのジルス。

 小さな丸眼鏡を鼻にかけた如何にもお役所人間のような風貌。

 こんなところでも知っている人は知っているらしい。

『炎魔』の噂が届いているそうだ。

 ギルドの二階にある、執務室に案内された煉たちは微笑を湛えたジルスに迫られていた。


「事情も何も、絡まれたから退治した。それだけだ」

「それで、はいそうですか、とはなりません。この街は冒険者の自由裁量が認められていますが、荒事までは許していません」

「それは理解しているが、だったらどうしたらいいんだよ?」

「ギルド警備の者が止めに入ります。それまで何もしないでください」


 煉は顔を顰めた。

 警備の人間がいるというのなら、絡まれているとわかったらすぐに出てきてほしい。

 そんなことを思った煉だった。


「そんな奴がいるならすぐ出てこいよ」


 思っただけでなく、口に出していた。

 煉の隣ではイバラとアイトがうんうんと頷いていた。

 そんな様子に、ジルスは頬を引き攣らせている。


「あなたたちも見たと思いますが、このギルドでは大量の冒険者たちがいます。それも毎日のようにです。それをたった十数人の警備しているのです。見落としも出てきます。人手が足りていないのです。ただでさえ冒険者というのは自由なのですから」


 愚痴をこぼすようにジルスが言った。

 その後も溢れ出てくるジルスの愚痴に、煉たちは気の毒だと思った。

 止まらないジルスの愚痴を煉が止める。


「そんなことより聞きたいことあるんだけど」

「はっ。す、すみません。つい溜まりに溜まったものが溢れて……」

「い、いや、いいんだけど……。『幻死の迷森』についての情報が欲しい。文献でもなんでもいい」

「死界……についてですか。攻略をなさるおつもりですか?」

「ああ。そのつもりだ」

「今はやめておいた方がよろしいかと」

「どういうことだ?」


 真剣な表情に冷汗を流しながらジルスが煉を止める。

 その様子に違和感を覚え、煉はテーブルに身を乗り出して問う。

 理由がないわけではない。今、という言葉に引っかかりを感じた。


「不穏な報告が多々上がってくるのです。死界周辺を探索していた冒険者が帰ってこない、死界攻略に出た冒険者が死界の入り口で蹲って泣いている、死界から未確認の魔獣が出てきた、などこちらでも持て余している状況です。情報を精査しようにも安心して任せられる冒険者がいません。それに本来死界攻略はSランク以上の冒険者にしか許されません。未だAランクのあなたでは許可が出せないのです」


 Sランク以上しか死界攻略ができないことを知らなかった煉は、目を見開いた。

 そして未だAランクであることを悔やむ。

 規則に捉われるギルド員を説得するのは骨が折れるのだ。

 煉は面倒そうに顔を歪め、ため息を吐いた。


「わかった。今日は一旦帰るが、情報だけはくれ。攻略に出れなくても何もしないわけにはいかないからな」



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