死屍幻迷編
第113話 向かう先は
「はぁっ……はぁっ……くそっ……! なんで俺がこんな目にっ」
これはとある冒険者の話。
光のない暗い森の中を怯えた表情で走り回る。
ボロボロになった軽鎧、折れた長剣、血の滲んだ一枚の紙。
仲間はもういない。自分一人を残し先に逝ってしまった。
彼はただひたすら森の出口に向かうのみ。
仲間が命懸けで繋いだ命を燃やし、冒険者は走り続ける。
しかし、灯りもなく深い霧に包まれた暗闇の森の中では地図も頼りにならない。
前は見えず、自分が何から逃げているのかさえ分からない。
恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖。
恐怖で心が支配される。
獣の唸り声、鳥の羽ばたき、ガサガサと音を立てる草木。全ての音に敏感に反応してしまう。
冷静な思考も、これまでの経験も、何もかも意味をなさない。
故に――。
「っ!? あ……ああ……うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
冒険者の叫び声が霧に包まれた森の中に呑みこまれていく。
一度足を踏み入れたその瞬間――森を出ることは不可能となる。
これはその証明である――。
◇◇◇
「って、感じで文献には書かれてたってわけよ」
「それって実体験とかなのですかね……。妙に現実味があるというか」
「どうなんだろうな。まあ、死界の一つってこんなもんじゃねぇか?」
「そうなんですかねぇ」
ゼウシア神聖教国と冒険者の街『霧の都』ミストガイアの丁度中間地点にある宿場町にて、煉たち一行は休憩を挟んでいた。
ここからミストガイアまでは二日かかる。底を尽きかけた食材の補充のために一泊することとした。
今は夜半。ミストガイアへと向かう宿泊客たちが集う宿の食堂にて煉たちは夕食を取っていた。
その際、煉は大図書館で見つけた、七つの死界の一つ『幻死の迷森』の記述を二人に話していた。
その語り口調はまるで怪談話でもするかのようで、情緒にあふれていた。
「紅い兄ちゃん! 面白い話だったぜ? 吟遊詩人かと思っちまったよ。一杯奢らせてくれ!」
「俺も俺も!」
周囲で話を聞いていた冒険者たちに煉は囲まれた。
満更でもない様子で、煉は杯を受け取り冒険者たちと酌み交わしていた。
そんな中、イバラの横にて両手で頭を押さえている男の姿が視界に入った。
「ん? アイト、どうしたんだ? 真っ青だぞ?」
「……べ、別にっ、び、ビビってねぇ、から。なっ!!」
「いや、確実にビビりまくってんじゃん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫な、わけねぇだろ!? 死界って……俺たちこれからそんなとこ行こうとしてんのかよ!? 先に言ってくれよ!!」
「前に言っただろ。ていうか、ミストガイアに向かう冒険者の大半は死界目的だからな」
『幻死の迷森』に隣接する『霧の都』ミストガイアは、死界攻略に向かう冒険者のために作られた街である。
それ以外でも、森の入り口付近でなら、魔獣の脅威も高くはない。
冒険者として実戦を積むのに適した地と言える。
そのため、多くの冒険者がこの街にやってくるのだ。
「し、知らねぇよ。俺だって冒険者登録はしているが、正直戦闘はからっきしだ。魔道具で何とか頑張ってるが、本当は戦いたくない。『霧の都』に来ようなんて思ってもなかったんだからなっ!」
「今さらそんなこと言っても仕方ないだろ? 腹くくれよ」
「覚悟はできてるけど、それとこれとは話がちっがーう!」
アイトの叫びが食堂に響いた。
その後、冒険者たちの武勇伝を朝まで語り聞かされたアイトは、死人のような顔をしていた。
そんなアイトのため、宿泊が一日増えたことに、イバラはため息を吐いた。
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