第112話 本来の目的へ
澄み渡る蒼い空、緩やかに流れる雲。
燦燦と輝く太陽の下、煉は馬車の屋根にて横になり眠そうな表情で欠伸をしていた。
「はぁ……平和ってこういうことなんだろうなぁ……」
教国内で起きた騒乱に巻き込まれた煉は、噛みしめるようにそう言った。
本来の予定より大幅に遅れ、かなりの日数を教国で費やしてしまったのだ。
こんなはずではなかったのに、と煉は心の中で悪態をついている。
「本来なら三日くらいで次の街に向かってたのに、一か月近くかかるなんて……ようやく本来の目的に戻れる」
「元はと言えばレンさんがマリアさんに仕返しする、とか言ってたからですけどね」
「確かにな。あんな美人になら何されたって許してしまうってのに。女に興味ないわけじゃないだろ?」
「それはそうだが……あんなコケにされたんだぞ。黙ってられるかっ。――――てか、アイトはなんで俺たちと一緒に旅してんだ?」
煉は純粋な疑問を投げかけた。
元々、アイトは教国の首都ヘーラにて商売をすることを目的としていた。
騒乱の最中にいたとはいえ、今はだいぶ落ち着いた頃だ。
アイトの魔道具が教国民の助けになるかもしれない。
そう考えれば、煉たちと共に旅に出るのではなく街に残り商売を始めるべきだろうが……。
「これからは俺もレンの旅についていくぜ。そう決めたからなっ!」
「いや、別にいらないけど。ていうか、聞いてないし」
「なっ!? 昨日宿であんなに熱く語っただろ! 聞いてなかったのかよ!」
「いや、まあ……レンさんは食事に夢中でしたから……」
イバラが気まずそうにそう言った。
前日夜。宿の食堂にてアイトはレンとイバラに旅についていく意志と想いを熱く語り聞かせていた。
イバラは酒の勢いも考慮し、戸惑いつつ聞いていたのだが、煉はテーブルに置かれた食事を平らげることに夢中で話を一切聞いていなかった。
語り終えたアイトが最後煉へと同行許可をお願いしたのを、話半分で了承したのだ。
つまり、煉はアイトの話を全く聞いておらず、記憶にも残っていない。
「ちゃんと聞いておけよ! いいか? 簡潔に言ってやるから今度はちゃんと聞けよ?」
「ふわぁ~あ。はいはい、どうぞ~」
「ちゃんと聞けっての!! まぁいい。俺はな――――『炎魔』レン・アグニの結末を見届けたいんだ。あの戦いを見て確信した。お前は必ずこの世界を変える何かを成し遂げるってな。俺はそれを誰かの口から聞きたくはない。お前の近くで、俺自身の目で、見届けるんだ」
アイトはいつになく真剣な表情でそう言った。
煉のいる屋根からではアイトの表情を見ることはできないが、アイトの言葉と声から今どんな顔をしているか想像でき、少し笑った。
「ふ~ん。いいんじゃねぇの、別に」
「か、軽いな……。俺の一世一代の決断だぞ」
「そんな大げさなことじゃないだろ。ま、一緒に旅する仲間が増えるのは悪い事じゃない。せっかくの長い道のりだ。楽しくいこう」
「レン……ああ、そうだよなっ!」
「ただ――――」
煉はそこで言葉を切り、馬車の進行方向へと目を向けた。
イバラも事態を察知し、御者台のアイトの横に座り、弓を構えた。
「レンさん、少し借ります」
「おう。目標は全部視界に入ってるから」
「了解です。〈
イバラは感応魔法により煉との繋がりを深め、視界を共有、そして煉の炎を少し借り受けた。
イバラの構えた矢の先端に紅い炎が灯る。
「〈
そう呟き放った矢は、一直線に飛んでいく。
およそ百メートルほど先の地面に刺さった瞬間、大きな爆発音を轟かせた。
アイトは突然のことに唖然。耳を抑える隙も無かった。
土煙が晴れ、前方の様子を確認すると、数体の牛の魔獣が吹き飛んでいた。
あのまま何もしなかったら、真っ直ぐ馬車まで突っ込んで来ていただろう。
アイトは二人がいて助かったとホッとしたようにため息を吐く。
未だ耳鳴りのする耳に、かろうじて煉の声が届いた。
「自分の身は自分で守れるように、な」
「っ……お、俺だってなぁ、これでもDランク冒険者なんだからなぁぁぁぁぁ!!!」
アイトの心の叫びが、快晴の空の下に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます