第110話 怠惰の代償

「ままま、マリア様!? なんて格好してるんですかっ!? は、早く着替えてください!!」

「え~。いいですよぉ。見られて困るものでもありませんしぃ~」


 イバラがなぜか手慣れたように、マリアの着替えを用意する。

 なぜマリアの着替えの場所を知っているのか、煉には理解できない。

 マリアは面倒だと、寝転がったまま駄々をこねる。


「だ、ダメです! 男性もいるのですよ!」

「私の体など興味ないでしょう。レンさんなんて、ほら。あんなにも無表情で」


 煉が無表情なのは、興味がないからではない。

 意識しないようにと取り繕っているだけである。

 これでも煉は十七歳の男の子なのだ。

 ちなみにアイトは――。


「……この破壊力……まさに………聖女……」


 鼻血を出して、仰向けに倒れていた。

 何だかんだと言っているが、実はアイトはピュアな人間であった。

 女性と仲良くするのが好きだが、それ以上のことに耐性がない。


「それでもです。せめてこれだけは履いてください」


 イバラは少し長めの赤いスカートを差し出した。

 それをマリアは渋々と言った感じで身に着ける。


「さて、私にお話がということでしたが、何でしょうか?」


 マリアはスカートを履き、それでもベッドに寝そべったまま本題に入る。

 意地でも起き上がる気はないようだ。

 その様子をみて、煉は少し疑問に思ったことを口にした。


「もしかして――――それが『怠惰』の代償か?」

「正解です。『夢柴藤』は一定時間顕現させると、強制的にやる気をなくさせるのです。五分で一日、というところでしょうか。なので今の私は、何もやる気が起きないのですぅ」


 そう言って眠そうに欠伸をした。

 話すことすら億劫と言った様子に、イバラは困惑した。

 このままの状態で話を続けてもいいのかと思い、煉を見る。

 煉は少し考え、マリアに尋ねた。


「日を改めた方がいいか?」

「できればそうしてほしいですねぇ。今日までは怠惰に優雅に過ごすと決めているので」


 その言葉に引っかかりを覚え、煉はマリアにジト目を向けた。


「……もしかして、もう代償は支払っただろ?」

「ぎくっ」


 マリアの肩がビクリと揺れる。


「そ、そんなこと……ないです、よぉ……」


 明らかに目を泳がせたマリアを見て、煉はため息を吐いた。

 これほどまでに嘘が下手な人間もそういないだろう。


「本当は面倒だから、追い返したいだけ。違うか?」

「………………はあ。面倒というわけではありません。イバラさんが私に話しがあるということは、おそらくギルドからの依頼。推測するに、指名手配について、ではないでしょうか?」

「そ、そうです。指名手配を取り下げることはできませんが、賞金首というのを無しにはできるそうです。それをするにも、マリア様の意思確認と事情説明が必要。ということです」

「それはつまり、私の大義をギルドのお偉い様にお話してくれということですね。とても、とても面倒です。指名手配が無くならないのなら、賞金が無くなったとしても変わりありませんね。別にいいですよ、そのままで」

「え……でも、マリア様は教国のために……」

「それは違います」


 マリアは真剣な眼差しで、イバラの言葉を否定する。

 そこには先ほどまでのやる気のなさそうな女の表情はなく、聖女としての意思が如実に表れていた。


「私は私の信念のもと、彼らに手を掛けました。決して、教国のためというわけではありません。これが正しいことであるとも思っておりません。それは私の罪として背負っていきます。ただ、私を想ってそう言ってくれるのであれば、イバラさん、あなたが私のことを理解していてくれればそれで。それだけで、私はいつか救われることでしょう」





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