第108話 vs 邪竜(決)
『貴様!? またしても我が翼をっ!!』
イロウエルは怨嗟の声を漏らす。
しかし、何事もなかったかのように笑いだす。
『ひっほっほ! しかし、いくらこの身を削ろうとも、竜という概念の存在には無意味! 何度翼を折られようがまたこの通りっ。元通りになるのです!』
イロウエルの言葉の通り、瘴気が邪竜のボロボロになった翼を覆うと、元の通りに再生した。
いくら攻撃をしようと、何度も再生するのでは確かに無意味と言える。
まさに絶望、恐怖の象徴である。
離れた場所に避難した神殿騎士たちも、顔色を蒼くしていた。
イリス隊の面々は心配そうな表情で煉を見る。
そんな中、煉はイロウエルの言葉など耳に入っていないのか、ただ一心に空を見上げていた。
煉は見逃さなかった。邪竜が瘴気で翼を覆う時、空に刻まれた黒い魔法陣が怪しく光ったことを。
煉はいつものように不敵に笑い、淡々と告げた。
「あの魔法陣……邪竜にとって大事なモノみたいだな。貴重な魔力源てとこか? あっちから先にどうにかするか」
『ひっほっほ! 目の付け所は悪くないでしょう! しかし、わたくしがそれを簡単に許すとでもお思いですか?』
邪竜は大きな体を浮かせ、飛翔した。
煉を魔法陣に近づけさせないようにするためだろう。
上空から煉へと向かって瘴気の弾を打ち出す。
煉は視界を埋め尽くすほど広がる瘴気の弾を、無感情で眺め呟く。
「花宮心明流改〈明鏡止水・紅〉」
紅き残光を残し、煉は空を駆けだした。
わずかに空いた隙間を縫うように空を舞い、邪竜の攻撃をかわす。
煉に瘴気の弾が当たることはなく、通りすぎる瞬間、微かに刀身を当てたのか弾がはじけていった。
はじけた瘴気により煉の周囲は侵食されていくが、煉の炎は瘴気すらも焼き尽くしている。
『忌々しい男ですねぇ。いい加減諦めてはいかがでしょうか。絶望したでしょう? 恐怖を感じたでしょう? 邪竜という災厄を前に、もう心はボロボロでしょう? なぜ未だに抗うのです?』
「……たとえ、絶望しようが、恐怖で足が竦もうが、俺は逃げない。俺は……俺の意志を全うする!」
そう宣言した煉は邪竜の首を目がけて斬りかかる。
邪竜は瘴気を爪に集中させ、煉の刀に対抗した。
万物を切り裂くと言われる竜の爪と拮抗する『紅椿』
瘴気と炎がせめぎ合い、火花を散らす。
煉と邪竜の基礎的な膂力の差により、煉は地面へとはたき落とされた。
「がはっ!!」
『だから言っているでしょう! 邪竜に抗おうなどと無駄なのです! 大人しくしていれば、楽に死ねたというのに。実に愚かな男です! ひっほっほ!』
地に堕ちた煉を高らかに笑う。
しかし、笑い声はすぐに止んだ。
煉が地を吐きながらもすぐに立ち上がったからだ。
『……まだ立ち上がりますか。頑丈ですね。いいでしょう。これで引導を渡して差し上げます!』
邪竜は口を大きく開け、魔力を溜め始めた。
竜の代名詞ともいえる、最大の攻撃――――ブレス。
竜との戦いが描かれている神話によれば、竜のブレスによって海に穴が開くほどであると。
一国が一夜にして地図上から消し飛んだと言われるものもある。
竜が最恐と呼ばれる所以。誰もが死を覚悟する。
邪竜を見上げた煉は、少し笑みを浮かべた後、『紅椿』を上段に構えた。
自身の魔力を『紅椿』へと送り、意識を刀へと集中させる。
煉は真っ向から邪竜のブレスに対抗することに決めた。
絶対的な死を目前にしても、煉は諦めることがなかった。
ただ、前を見据え立ち向かうのみである。
『ひっほっほっほっほ! 愚か愚か愚か愚かぁぁぁ! そのような剣一本で抗うなど、そこまで命を投げ出す覚悟であるならば! ええ、存分に味わいなさい!』
イロウエルがそう言った後、口元に集められた魔力が凝縮した。
そして――黒き閃光が煉へと一直線に降り注ぐ。
煉は目を閉じ、心を落ち着かせる。師範に言われていた「明鏡止水」を意識する。
深紅の刀身はさらに色濃さを増し、燦燦と輝きを放つ。
そして、煉は静かに告げた。
「花宮心明流炎の型八の太刀――――〈紅炎・天照〉」
動きは緩やかで、ただ上段から振り下ろしただけだった。
何も起きないと思ったその瞬間、一本の赤い線がブレスを通り邪竜を越え空の魔法陣へと到達する。
すると――――。
『GRuAaaaaAaaAaaaaaAaaaaaAaaaA!!!!!!』
ブレスは燃え去り、邪竜の体が炎上した。
邪竜の悲鳴が街全体に響き渡る。
そして空を覆う黒雲は割れ、極大の深紅の太陽が魔法陣を上書きした。
世界が深紅に染められる中、邪竜の体は灰となって散っていく。
『おのれぇ!!! このわたくしが、このようなところでぇぇぇ……』
邪竜は完全に焼失した。
沈黙が場を支配する。
次の瞬間には歓声と怒号が轟いた。
住民たちが雄叫びをあげていた。
煉はやり切った表情を浮かべ――胸を押さえ唐突に苦しみ始めた。
歓声の中、響く鼓動。
煉の体の中では、抑えていた憤怒の感情が決壊寸前だった。
抑えようとする煉だが、力を使い果たした今抑えきれない。
そして――――大聖堂周辺はドーム状に広がった黒い炎によって包まれた。
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