第107話 vs 邪竜 ④

「……あれが、『憤怒』の大罪宝具、ですか。顕現するだけでこの火力………………話に聞いていた以上ですね」


 マリアは煉の放つ熱気が届かない場所から冷静に観察していた。

 もう大鎌すら手に持っていない。戦う気はないようだ。

『紅椿』を実際に見たことで、今回の邪竜と戦闘にこれ以上意味はないと思っている。

 そんなマリアはただ傍観者として、煉の戦いを見守ろうとしていた。


『――――……ふふっ………………あはは…………』

「今の声は………?」


 マリアは何処からか聞こえた幼い少女の声に反応した。

 楽しそうに笑った少女。その姿はどこにも見当たらない。

 その声の正体を、今のマリアが知ることはなかった。


「……それにしても、呑まれそうになっているとは。まだまだですね、レンさん」


 苦しそうに頭を押さえる煉を見て、マリアは呆れ気味で肩を竦めた。



 ◇◇◇



「――――はあ……っ! ははっ……思考が持っていかれそうだ。気を抜けば怒りに脳が支配されそうになるな……」


 頭が割れそうになるほどの痛みを感じ、煉は膝をついた。

 何とか大太刀を支えに立ち上がろうとするが、力が入らないようだ。


『ひっほっほ! 何かと思えば、新しい武器を手にしただけのようですね! 大仰な演出をするものですから、驚きました。しかし、何やら苦しそうなご様子! 今すぐわたくしが楽にして差し上げましょう!!』


 隙だらけの煉の頭上から、邪竜は鋭い爪を振り下ろす。

 動けそうにない煉は、力を振り絞って右手を翳した。


「〈紅炎壁プロミネンス・ウォール〉」


 煉と邪竜の間に紅炎の障壁が張られた。

 ただの炎と侮り、邪竜は勢いそのままに障壁と衝突した。

 周囲はさらに激しい熱気に包まれる。

 これまでの煉の炎とは別物で、邪竜でさえ熱さを感じるほどの熱量を持っていた。


『熱い!? 邪竜であるわたくしが、熱を感じるとは! これはいけませんねぇ! ええ、実に、いけません! あなたのような人間はこの場で、始末しなければなりません!』


 邪竜はさらに魔力を放出し、その身を視認できるほどの瘴気で纏う。

 濃厚な瘴気によって、周囲の建物が腐食していく。

 触れた者全てを腐食してしまうほどの瘴気に、さすがの神殿騎士たちも近寄ることが出来なかった。

 瘴気だけでなく、煉の放出する熱も相まって、大聖堂跡地はまるで地獄のような世界と化していた。

 そんな中、未だに苦しそうに呻く煉は、必死で自分の中で渦巻く怒りを押さえつけることに集中していた。


(まずいな。このままじゃ……呑まれる)


 そう思った時、煉の耳に幼い少女の声が届いた。


『――………怖がらないで。その怒りは誰もが抱くもの。みんなが心のどこかに隠している想い。怒りに身を委ねず、怒りを支配するでもなく。その怒りはレンと共に……』


 少女の言葉が、煉の心にストンと入り込む。

 すると、煉の中で渦巻いていた怒りの感情が、魔力と同化し正常な流れを生む。

 巡り巡った憤怒の魔力は、煉の力へと変換される。

 そしてそれは、炎となって世界へと浸透していくのだった。


『おや? おやおや? 今さら立ち上がっても遅いのですよ! 何もかも、全て! この街も、そして世界も、瘴気に包まれ恐怖にひれ伏すのですよっ!! ひっほっほ!』

「――――黙れ。お前の言葉はもういらない。そろそろ終わりにしよう」

『終わり? いえいえ! これから、始まるのですよ!』


 煉が斬り落としたはずの翼を生やし、飛び上がろうとする。

 しかし、それを許す煉ではなかった。

『紅椿』を顔の横に構え、片目を瞑り狙いを絞る。


「花宮心明流改〈紅炎・驟雨〉」


 大きく広げられた翼に向かって、煉は顔の横に構えた『紅椿』を突き上げる。

 速度は以前イロウエルが受けた突きを越え、さらに回数を増していく。

 まるで突然降り注いだ突きの雨。赤き閃光は止むことを知らない。

 邪竜は目で追うこともできず、気づいたころには大きな黒翼は蜂の巣のように穴だらけとなっていた。





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