第106話 vs 邪竜 ③
「――――はあっ!」
煉が邪竜の足に斬りかかる。
しかし、硬い鱗は煉の刀を持ってしても切り裂くことができなかった。
『ぬるいですねっ! ひっほっほ!』
「おっと!」
邪竜の尻尾が煉の頭上から振り下ろされる。
慌てて煉は後方に跳び、回避する。
先ほどから煉とマリアは隙あらば邪竜に斬りかかるが、硬い鱗に阻まれていた。
対して邪竜は圧倒的な硬度ゆえ、煉たちの攻撃を意にも介さず、近寄ってきた二人に自分の攻撃を当てることだけに専念していた。
爪も牙も尻尾も、二人にとっては当たれば致命傷になり得るものだけに、堅実に回避を繰り返している。
お互いせめぎ合いの状態が続いていた。
「キリがないですね。あの硬い竜鱗をどうにかしませんと」
「腐っても邪竜ってことか。刃毀れしないのが奇跡みたいなもんだぞ」
『愚か、実に愚かです! 瘴気の壁がなくとも邪竜は災厄の魔獣! 人の身で抗うなどと、愚か極まりない!』
「……いい加減うるせぇな」
「……黙っていただけないでしょうかね。不愉快です」
いつまでも斬れないことが、二人の中で苛立ちに変化していた。
加えて、イロウエルの声がさらにそれを助長させる。
『ひっほっほ! 諦めなさい! 神に叛逆する自らの愚かさを恥じなさい! 今からでも遅くはありません。神は全てのものに平等です!』
「……………………平等だって言うのなら、どうしてイバラはずっと傷ついてきた? 美香が天使なんかさせられてる? 俺たちの日常を変えたんだよ?」
イロウエルの言葉が、煉の中に燻っていた想いを刺激した。
『全ては神の意志。わたくしの考えが及ぶはずもございません。あなたのその全てに意味があります』
「……神神神神神神、この世界の連中みんなそうだ。………………そんなのがいなきゃなんも出来ねぇってか? バカみてぇだな」
『なんですと?』
「神に祈れだ、神が全てだ、神が決めるだ、そんなもん知るか。全部自分の行動の結果だろ。都合のいい存在に投げんなよ。信仰だとかなんだを人に押し付けんな。こんな世界全部――――――――くそ食らえ」
そう言う煉の目に感情の光は灯っていなかった。
全ての感情を置き去りに、煉はただ一つの想いをぶちまける。
それは怒り。それは憤怒。それは憎悪。
巡り巡って、その想いは元凶であり、標的の神に向けられる。
煉の憤怒を体現するかのように、魔力は炎となって周囲を紅に染め上げた。
押し寄せる熱気にマリアや騎士たちは顔を顰める。
そして煉から少しずつ離れていった。
『おやおや。何やら雰囲気が変わったようですが、無防備ですねぇ。眷属たちよ、今です』
さらに数を増やしたリザードマンが、煉の下へ殺到する。
しかし、近づくこともままならずリザードマンの体は溶けて消えた。
イロウエルは間抜けな声を上げた。
『――――は?』
上昇する熱気に耐え切れず、周囲の建物やまだ近くに残っていた騎士の鎧も少しずつ溶け始めた。
慌てて逃げだす騎士を無視し、煉は静かに告げる。
「これは憤怒の証明、我が敵を焼き払う罪深き宝具なり。顕現せよ『紅椿』」
煉の目前に天を衝く炎の柱。
それだけで、全てを焼き尽くすほどの熱量を感じる。
煉は炎の柱に右手を突っ込み、何かを掴んだのか思い切り引き抜いた。
煉の右手には、深紅の刀身、鍔には蔦が這い、柄に椿の意匠を凝らした鮮やかな大太刀。
遂に煉は、本物の大罪宝具を顕現することに成功した。
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