第104話 vs 邪竜
煉は大聖堂付近の家の屋根に着地し、空を見上げた。
近くで見るとその圧倒的な威圧感をより感じるようになる邪竜。
未だ空に浮かぶ魔法陣の下から降りてくる気配はない。
ただ上空から街を見下ろしていた。
下から神殿騎士たちが魔法を放っているが、意にも介していない。
邪竜が動く気配すら感じないのに煉は違和感を覚えていた。
「なあ、どう思うよ?」
煉は誰もいない空間に声をかける。
すると煉のすぐ横に靄が発生し、靄が晴れるとマリアが姿を現した。
「さあ。私にはわかりません。妙な違和感のようなもの……は感じますが」
「だよな。動きがないのはおかしいよな」
『――ひっほ! ひっほっほっほっほ!』
その時、突然街全体に笑い声が響き渡った。
聞き覚えのある笑い声に煉とマリアは反応した。
下にいる騎士たちも突然の笑い声に困惑している。
「この笑い声は……」
「改めて聞くと、とても不愉快ですね。無性に首を狩りたくなります」
『ひっほっほ! ようやくわたくしの前に来てくれたようで。お待ちしていましたよ。神への叛逆者たちよ!』
「叛逆者って俺たちのことか?」
「それ以外ないでしょうね。偽りの神に叛逆しても心は痛みませんが」
『私語は慎みなさい! わたくしが話している最中でしょう!』
好き放題話す二人に、イロウエルはなぜか先生のような注意をした。
二人して面倒そうな顔を浮かべ、武器を構えた。
『ひっほっほ! そのような矮小な武具でわたくしに届くと思わないことです! 不完全な顕現のおかげか、わたくしの自我を保つことができています。今やわたくしは邪竜と同化しました。つまりわたくしが邪竜と言っても過言ではありません! この恐怖の象徴によって、わたくしが恐怖を振りまく! なんと! なんと甘美な! ああ、神よ……。わたくしは天使としての役目を全ういたします。ご覧になっていてくださいませぇ!!』
そう言うと同時に、ついに邪竜が動き始めた。
大きな黒翼を広げ、可視化できるほどの魔力を放出する。
たったそれだけで下にいる神殿騎士たちは後ずさり、尻もちをつくほど。
未だ意識を保っているだけ優秀な方だろう。
『さて、そこの赤髪の少年。あなたには大天使であるわたくしを侮辱した罪をあがなってもらわねばなりません。覚悟はよろしいですか?』
「天使からトカゲへの転職か? 的が大きくなって助かるってもんだ」
そう言って煉は、刀に炎を纏わせる。
空中戦仕様で足にも蒼炎を宿し、準備万端である。
「街は壊れたって別にいいよな?」
「構わないでしょう。壊れたのならまた建てればいい話です」
『ひっほっほ! 愚かです。実に、愚かですねぇ!!』
イロウエルの言葉は邪竜の咆哮として街に轟く。
それを合図に、煉とマリアは飛び出した。
常人の目では追えない速度で、煉は蒼い炎と共に空を駆ける。
煉の狙いは一つ――――その大きな翼だ。
「まずは、地面にたたき落としてやる!」
下から黒翼に向かって一直線に駆け出し、突きを放つ。
しかし、その突きは邪竜の纏う見えない障壁によって阻まれた。
「なっ!?」
『ひっほっほ! 愚かですね! 邪竜はその巨大な体を瘴気の壁で覆っているのです! 何人も貫くことなど不可能ですよ!!』
「――――なるほど。瘴気の壁ですか。でしたら、私の出番、ということになりますね」
邪龍よりさらに上空から、マリアの声が聞こえた。
邪竜出現によって黒雲に覆われた暗い空の下、マリアは文字通り輝いていた。
後光を背負い、その身を輝かせるほどの聖気。聖女たる所以。
邪悪を断ち、魔を払い神聖な力。
聖女としてのマリアの本領が今、発揮される。
「邪を断ち、悪を払う。魔の者の存在を許さず。〈
マリアが眩い輝きを放ち、ヘーラの街に光が降り注ぐ。
暗闇の空の下、世界は新たな輝きに照らされる。
かの光は、悲鳴を上げる住民、怯える子供たち、勇敢に立ち向かう騎士や冒険者、そして煉へと届き、一瞬光を纏う。
『ひっほっほ! わたくしの竜に変化はありませんよ! 無駄なことをなさる聖女様ですねぇ!!』
「これは怯える子らへ、勇敢なる戦士たちへの祝福。神は彼らを守り、力を与え、勇気を授けました。神はあなたたちと共に。それは邪悪を断つ剣となります」
『何を言って――――』
「花宮心明流改三の太刀……」
イロウエルが気づいたころには、煉は蒼炎を纏った刀を上段に構えていた。
邪竜の巨体では回避することはできず、無防備な翼に向け煉は刃を振り下ろす。
「〈蒼炎・犀牙〉!」
刀は瘴気の壁に再度阻まれるが、今度は物ともせず紙のように切り裂いた。
マリアの神聖魔法によって、瘴気を払う力を得たのだ。
『GRuAAAAAaaAaAaAa!!』
ヘーラの街に、邪竜の悲鳴が木霊した。
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