第103話 邪竜討伐へ

「ははっ……なんだよあれ……」


 煉は思わず声を漏らした。

 大聖堂より遥かに大きな体躯、漆黒の鎧を纏うかのような鱗、どんな武器よりも鋭い爪や牙、竜特有の金眼。

 それはまさしく災厄。その身一つで恐怖を体現している。

 煉は震える手を握る。汗でじっとりとした感覚がより鮮明に感じるようだ。


「ふふふ。さすがにこれは想定外ですね。天使とはこのようなことまでできたのですか。まったく面倒な……」

「……あんたでもそんな顔するんだな」

「何のことでしょうか?」

「引き攣ってるぞ」


 マリアはいつものような微笑を浮かべていると思いきや、いつもより口元が引き攣っていた。

 かの聖女様でも多少恐れを抱いているらしい。

 慌てて表情をいつもの笑顔に戻したマリアは、煉のホッとした様子を見て、顔を顰めた。


「今、何をお考えになったのですか?」

「いや、あんたもあれを怖いと思うんだなって。少し安心したよ」

「確かに邪竜は恐ろしい存在です。ですが、このまま放置するわけにはいきませんよね? それとも怖気づいたのでしょうか?」

「バカ言え。あんなトカゲも倒せなかったら神なんてもっと無理だろ」


 そう言って煉は震える体を鼓舞するように、魔力を放出した。

 煉から発せられた魔力は次第に形を変え、炎のように揺らめき周囲の空間の熱量を上げた。

 そして、不敵に笑みを浮かべ、マリアを見た。

 マリアも同様に魔力を高め始めた。

 そして白銀の大鎌を携え、煉に視線を向ける。


「くれぐれも私の邪魔はしないようにお願いしますね。あの首はいわば聖王様の首と言っても過言ではありません。つまり――――私の獲物です」

「だったら、俺だって同じだ。あれはピエロ天使が召喚したトカゲだ。俺の標的であることに変わりはない」

「……」

「……」


 お互い睨み合って譲らない。

 そうしているうちにも邪竜は大聖堂付近で暴れまわっている。

 街の住民たちの悲鳴が響き渡り、避難誘導する冒険者や騎士たちの怒号が耳に届いた。

 邪竜を討伐しようと奮起する神殿騎士たちもいた。

 その中には反乱軍と思しき人たちも交じっている。

 皆が街を、教国を守るために戦っていた。


「……こんなことしている場合ではありませんね」

「……ああ。今は、お互いやれることをやろうか」


 そう言った瞬間、二人の姿が掻き消えた。

 煉は足に蒼い炎を宿し、屋根を伝って駆けていく。

 マリアは大鎌に腰掛け、空を舞う。

 お互い持てる力を使い、最速で邪竜へと迫っていく。

 煉は走っている途中で、ある人物を見つけ一旦屋根から降りた。


「――――イバラ」

「レンさん! よかったです。無事だったんですね……」

「まだこんなとこにいたのか? お前も早く」

「私は逃げませんよ。ここで皆さんを守ってみせます」


 イバラの覚悟の籠った目を見て、煉は言葉に詰まった。

 本心では安全な場所に避難してほしいと思っているが、イバラの覚悟を無下にしたくないとも思っている。

 迷っていると、誰かが煉の肩をポンと叩いた。


「――――俺がいる。安心しろよ」

「アイト……」


 いい笑顔で親指を立てているアイトだった。

 煉はアイトを見て嬉しそうな顔をする。

 しかし、一転。


「お前じゃ不安だわ。むしろお前は避難してろよ」

「今の嬉しそうな顔は一体!?」


 アイトは盛大に驚いたように体を逸らした。

 しかし、その明るさが煉の心を軽くした。


「わかったよ。ただ無理はするなよ」

「私は大丈夫ですよ。レンさんこそ……あれと戦うのでしょう?」

「ああ。あれは俺のミスでもある。尻ぬぐいは自分でするさ」

「……レンさん、手を」


 イバラにそう言われ、煉は右手を差し出した。

 するとイバラは煉の手を両手で大事そうに握り、額を付け祈りを込めた。

 煉はイバラの手から魔力が流れてくるのを感じた。


「気休め程度ですが、私の魔力を少し分けました。いつでもあなたの側に」

「ああ。サンキューな」


 煉はイバラたちから少し離れ、再度両足に蒼炎を宿す。

 そしていつのもように笑いかけた。


「じゃ、行ってくるわ」

「ええ、いってらっしゃい」


「〈蒼炎疾走フラム・アクセル〉」


 一瞬の蒼い輝きに、二人は目を閉じる。

 次に目を開いた時、煉の姿は大聖堂の目前を駆け抜けていた。

 イバラは再び祈るように手を合わせ、呟く。


「レンさんなら……きっと、大丈夫……」


 そう祈るイバラの右目には、薄っすらと紫炎が灯っていた。






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